黄金蠱毒 第百十一話
まず、今現在ラジオで流しているエノクミア語での歌詞はこれだ。
“私はさえないグスリャル。北風の行きつく先の白い石の山は私の故郷。渇きの山は私たちを潤した。
私はしがないグスリャル。山にたどり着きたければロバに尋ねるな。嘘をつかない彼らは無知なだけ。
私はさまようグスリャル。故郷を鳥たちに教えてはならない。死骸をついばむ鳥たちは故郷を燃やした。
私はいかれるグスリャル。罵るロバに歌を教えてはならない。霧から一番離れた星の真下に刃を向けるから。”
そして、ベルカとストレルカによるブルゼイ語のオリジナル歌詞の翻訳がこれだ。
“私はちいさいグスリャル。山の下に消えた霧は見えない。ちいさな私が霧を見るには“見守る者”を高く持ち上げなければいけない。
私はあおいグスリャル。砂の海を下り霧が登れば、水の海を見ることができる。風に埋もれた道をたどり、広がるそこで歌いたい。
私はゆたかなグスリャル。吹きだまりは私たちを守った。緑溢れぬ豊かさは私たちを満たしてくれる。
私はみちびくグスリャル。映すのは氷河、黄色い星が見通す先に道は開ける。”
二つを書き起こした紙をテーブルの上に並べると、ベルカは腕を組んでそれを交互に見比べた。
「こうして並べてみると、ラジオで流れてるのはオレらが聞いて育った奴とだいぶ違うんだよな」
「ラジオはネガティブ、オリジナルはポジティブ。意味も全く真逆じゃないか。これじゃ、何が何だか分からん」
「こういうのが大体難解なのはいつも大体そうだけど、山の下、霧、“見守る者”、砂漠を下ると水の海、吹きだまり……。ヒントかよ、コレ本当に」
全員が難解な歌詞を覗き込みながら黙り込んでしまった。
ベルカが組んでいた腕をほどくと、「まぁ砂漠にあるって言ってんだから、真東にあるんじゃねぇのか?」と歌詞の書かれた紙の上に手を置いた。
「だろうなぁ。砂漠の先って何があるんだ?」
「連盟政府は聖域だとか禁足地だとかで砂漠への立ち入りを禁じているんです。だから、何があるのかは分からないんですって」
「そこの一体何が神聖なんだい?」とストレルカがアニエスに尋ねた。アニエスは眉を寄せて「それも知りません」と困ったようになった。そこへベルカが「ガバガバサンクチュアリなこった」と鼻で笑った。
そこで久しく使っていないあのフリッドスキャルフを引っ張り出してみた。
アニエスが言ったとおり、東の砂漠については何一つ書かれていない。
エルフの国のルーア共和国の南端までは地形の高低差まで描かれているというのに、クライナ・シーニャトチカの東辺り、連盟政府を囲う山脈から先はまるで風で消されてしまったかのように地形さえも書かれていないのだ。
「二人の方はいったん置いておこう。ところで、ラジオの方の歌詞なんだが」
「お二人の歌詞に比べてネガティブな内容ですね」
「そうなんだよ。だから、二人の歌ももっと暗いものかと思ってたんだけど」
と言うところで言葉を止めて、俺は顎に手を当て無精ひげを擦った。
二人の歌詞を聴いて以降、ラジオの方の歌詞そのものへの違和感が拭えないのだ。
二人の歌よりもネガティブな意味合いを持っていることよりも、その内容自体にどこか矛盾があるような気がしてならないのだ。
以前レアに聞いた歴史では、ブルゼリアが完全に無くなったのは連盟政府が成立してからであり、ほんの二百年ほど前のはずだ。
だが、何かがおかしい。それが何かも分からない。
ストレルカがテーブルに近づいてくると、身を乗り出して歌詞の“罵るロバ”の辺りを指さした。
「このロバってのは、たぶん頑固者の比喩だろ。頑固者といやァ、スヴェンニー以外には考えられねェな」
「なんでスヴェンニーが出てくんだ?」とストレルカに尋ねると「アタシが知るかよ」と突っぱねられた。
「なら、知り合いのスヴェンニーにあたってみるか」
「あのムーバリとか言う北公の軍人か? オレらと手ェ組んだことバレるぞ?」
俺の提案にベルカが嫌そうな顔になった。
彼にとってムーバリは、敵対的行動をとったにもかかわらず黄金捜索に勧誘してきたり、さらにまたしても攻撃し合ったりと扱いづらくて厄介なのだろう。
しかし、俺の考えているスヴェンニーは別だ。
「違う。もっと仲の良い奴らだ」
もちろん、ポルッカ・ラーヌヤルヴィでもない。
ムーバリではないことに安心したのか、「お前はムーバリとはマブダチなのかと思ってたぜ」とニヤつきだした。
ストレルカが横から肘を脇腹に当ててくると「もっとってこたァ、一応仲はいいとは思ってンだろ?」とへっへと下品な笑みを浮かべた。
「黙っとけ。俺たちはこれからユニオンに行く。お前らは留守番だ。この家暖めて待ってろ」