黄金蠱毒 第百九話
「ドロボーを無人の自宅にご招待とは、物騒なことするモンだな」
クライナ・シーニャトチカの小さな家に五人が入ると、三人でも狭さがあったがさらに狭く感じる。ベルカとストレルカも身長が小さいわけではないのでなおさらだ。
いつも以上に手狭に感じる家に入ると、二人が家の中で待っていた。
ベルカは椅子に座り、椅子の前脚を浮かせて足をテーブルの上に乗せている。足先をパタパタと落ち着きなく動かす動きに合わせて不安定な椅子とテーブルが軋んでいる。
ストレルカは屈んで柱や壁の下の方にあるセシリアが描いた三人の似顔絵の落書きや貼り付けたものを物珍しそうに撫でている。
「生憎、盗まれて困るものは思い出くらいでね。おい、足上げんな」
ベルカは注意されると口をとがらせ肩をすくめて足を下ろした。
そして、「家族三人慎ましく、この狭い家で暮らしてんのか」とテーブルを軽く叩いた。
「ここは別宅だな。つっても廃墟を勝手に家にして住んでるだけだけどな」
壁際で屈んでいたストレルカが立ち上がると「ヒミンビョルグのありゃ何だい?」とテーブルの方へ来た。
「あっちも勝手に住んでるだけだ。元はといえばセシリアの生家だ。ズタボロだったのを直して住んでる」
「あっちだこっちだと、移動魔法ってのは便利なモンだな。羨ましいぜ。で、本宅は何処なんでェ?」
ストレルカにそう尋ねられたが、すぐに答えられなかった。
ふと顎をいじりながら考えると、俺の、俺たちの現住所は何処なのだろうか。
籍はある(らしい)がふらふらとあちこち行ってはそこの偉い人の家に居候させて貰っている。
共和国のギンスブルグ家、ユニオンのカルデロン家、北公もカルルさんの息がかかっているところ。
思い起こせば、それもだいたい籍のある連盟政府と対立的な立場にあるところばかりだ。
「……そういえば、無いな。アニエスも実家は無くなったし、俺はノルデンヴィズの家は北公に接収されてるみたいなもんだし」
家が無いことにおいて、この二人と同じではないかと思った。
親近感を覚えそうになったが、俺たちは家は無いが宿が無いと言えば簡単に止めて貰えるし、美味しい食事も提供して貰える。
その点において、俺たちはこの二人よりも遙かに幸せではないか。同じだと思ったことに、何故か申し訳なさを感じてしまった。
いつも三人で使っている椅子とは別に、廃屋から椅子を二つ拝借して無理矢理座らせた。
「今はそんなことはどうでも良い。早速本題だ。お前らの歌を聴かせろ」
急かすとベルカは混乱した様子で「そらかまわねぇけど」と言ってストレルカと顔を見合わせたあとに俺を見てきた。
「お前らブルゼイ語はわかんねェだろ? いきなり歌って大丈夫なのか?」
彼らがどういう反応を見せようとも、俺はブルゼイ語を読めるし書けるし、話も出来る。
しかし、できるのは翻訳だけであり、文法などの説明は不可能だ。筆者の気持ちなんてのはますますわからない。
人間の中央残留・向陽語族エノクミア語やエルフのルフィアニア語は聞いているうちに頭の中で整理されてきたようで、感情表現やら何やら、その辺りも理解出来るようになった。
物や人の名前に使われている単語をそのまま訳したような――例えばフロイデンベルクアカデミアを“喜ぶ山の学校”と訳すような――ものにはならなくなった。
しかし、ブルゼイ族の言語は初めて聞くので、おそらく硬い文章のようになるかもしれない。
大学にいたとき、論文の翻訳をやるのが面倒くさいのでコピペしてネットの翻訳サイトに貼り付けてやっていた精度の悪い翻訳に近くなるだろう。




