黄金蠱毒 第百二話
エルメンガルトは、黙り込み目を泳がせている俺を見ると何かを察した様だ。そして、「何やってんだか」と吐き捨てるように言った。
だが、突然椅子から立ち上がると部屋の奥の方へ向かい、おもむろに机の上を片付け始めたのだ。
紙や本の束をざざーっと移動させて落とすと、その山の後ろから本棚が出てきた。机ではなく本棚だったようだ。
そこに並べられている本のいくつかは最近手を付けられたのか、縁や背表紙に埃があまり付いていなかった。
何冊か分厚い本を取り出すと脇に抱え、隣のライティングビューローを強引に開けて、先ほど取り出した本を積み上げた。
そして、ダイニングの椅子を木の床板をがりがりひっかきながら寄せて座ると「翻訳はもう一回やってやるよ」とチェーンの付いた眼鏡をかけてペンを持ち上げた。
背中が前屈みになり右肩の辺りがもぞもぞ動きだした。
どうやら早速翻訳を始めてくれたようだ。
「一回はやったんだ。早く終わるさね。
だが、今回は私のペースでやらせてもらう。あんたらはあんたらでヒントを探しな」
しかし、すぐさま手が止まり身体を起こして首だけを曲げてこちらを見ると、
「でも、あんたらが黄金見つける前に私ゃおっ死んじまうかもな。っはっはっはぁ!」
と背中越しに豪快な笑い声を上げた。
「そんなこと言わないでください。シンヤさんにも娘さんにもまだ会ってないのに!」
アニエスが怒ったように声を上げた。家族が生きているのに会おうとしないことに腹を立てたようだ。
エルメンガルトの言葉が冗談であると言うことは分かっているようだ。しかし、自分が会えない分、他の人の事でも気になるのだろう。
だが、エルメンガルトはそちらへ振り向くこと無くライティングビューローに向き直り、顎先に人差し指を当てて視線を上に向けた。
何かを思うような仕草を見せて「うーん、ふふーん」と鼻を鳴らした後、「そうさねぇ。だが、まぁ、大丈夫さ」と頷くだけで作業に戻った。
以前家族のことに口を挟むなと言った割りに、思いのほか反応は薄かった。
「とにかく今日は帰んな。私の家で時間潰してても仕方ないよ。ちっこいのも眠そうだ」とちらりとセシリアを見た。
視線の先でセシリアは瞼を重たそうにして首をかくかくと揺らしている。暖かい部屋の中で眠くなったのだろう。
「私はお前さんが無くしちまった翻訳をもう一回やらなきゃいけないんだ。邪魔しないでおくれ」
俺じゃねぇと言いたいところだが、もはや無いことを喚いても仕方ない。ひとまずは先生にもう一度書き起こして貰うべく、集中させるべきだ。
アニエスは反応が薄いことにぷりぷり顔を膨らませていたが、作業を始めた先生に何も言えずに眉間に皺を寄せて丸まった背中を見ていた。
「とにかく、帰ろう」となだめて、ダイニングの椅子で眠たそうにしていたセシリアを起こして上着を着せた。
そして、エルメンガルトの警護をしていたジューリアさんとウィンストンに見送られながら、俺たちはエルメンガルトの家を後にした。