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黄金蠱毒 第百一話

 シバサキに渡した――持って行かれたのはマスターであり、エルメンガルトとの約束によりコピーもバックアップも無い。

 彼には持ち去ってからの短時間のうちにそのようなものを作れるほどの器用さもない。

 シバサキが無くした物が全てであり、再び見ることはできないのだ。


 せめてクロエが一度でも目を通してさえいてくれれば、せめて最初に手にしたのがクロエであれば期待できたかもしれないが、今となっては後の祭りだ。


 それから、無くしたことを共和国と北公の代表者に俺は渋々報告をしに回った。

 心待ちにしていた様子のユリナにはブチ切れられて空の灰皿をフリスビーの如く投げつけられ、シバサキに持ち出された時点で諦めた様子を見せていたムーバリにはやっぱりねという感じの嘲笑をされた。


 な ん で 俺 が ッ !!


 何はともあれ、無い物は無い。ではどうすればいいのか。

 先生はブルゼイ族が好きなんだから無くしちゃったけどもう一回やってくれ、研究とか大好きだからイケるよね、と誤魔化すように軽いノリでいうのはあまりにも酷だ。

 俺の性格的に、それを言うときには申し訳なさで引きつって声が裏返り、かえってエルメンガルトの感情を逆撫でしそうだ。

 シバサキでもなければそんなことを平然と言えるわけがない。


 エルメンガルトは向北語族ブルゼイ語変換に相当に苦労をしたようで、手渡されるときに「二度とやりたくない」と脂でギラついたにやけ顔をしていた。

 確かに、最初の頃の集会後からついこの間までずっとやり続けていたのを知っている。老体にむち打ち本棚をひっくり返し、徹夜を繰り返したようだ。

 そのせいで彼女の様子は日々荒んでいき、少し前の彼女がまだ発狂していた頃のように髪はボサボサチリチリに広がりきり、そこに降ったタバコの灰は払われることがなく、まるでソファや棚の裏を走り回ったトイプードルのようになっていた。

 調べ物の間に吸い続けたタバコは灰皿の上にこんもりとサボテン山を作り、その麓は水に溶けたヤニと灰がフィルターに染みこみ黒くなり、時間が経ちすぎたそれは焦げ臭さよりもドブのような臭いを放っていた。

 見た目や臭いも相俟ってまるで枯れたサボテンが根元から腐り始めているかのようになり、相当な時間をかけていたことをひしひしと伝えてきた。


 しでかしたことの重大さと、ゴミ処理さえ忘れるほどに没頭しくれたエルメンガルトの努力を無下にした事への強烈な罪悪感のせいで、マスターもろとも紛失した事実を伝えるのを先延ばすだけ先延ばにしてしまった。

 さらに時間が経てば経つほどにごめんなさいも言いづらくもなり、ついにこのときまで報告できなかったのだ。

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