黄金蠱毒 第百話
エルメンガルトは、秘密裡に、なおかつマスター以外に書類を増やさないと言う条件を提示してきた。
彼女の身を守る為に必要なことであり条件を守ると約束をした上で、エノクミア語の歌詞をブルゼイ語に変換、さらに意味の解読まで行って貰ったのだ。
連盟政府の代表者がいるなら、許可を取ればいいかもしれない。
だが、確かにいるが、その時点ではクロエはエルメンガルトによる翻訳が行われていることを知らなかった(これがちょっとした厄介ごとに繋がった)し、連盟政府の最高意思決定機関に次ぐ組織である十三采領弁務官理事会に加盟しているはずのシバサキが“連盟政府に有益な”と言う点において特例を出せば堂々と解読が出来たかもしれないが、彼は自分が動けば早いことを理解していなかった。
もしかしたら理解してはいたが、ただ動くのが面倒なだけだったのかもしれない。
彼はそのほんちょっとの手間を面倒くさがり、何かと理屈を付けてやらない人なのだ。
翻訳完了後、代表者だけを集めた少人数の臨時集会が催され、その場で書類を公表した。
書類は量が非常に多く、複製をするには相当に時間がかかる。しかし、一日で読み終えられない量ではなかった。
そこで、複製防止のため一日交代で書類を回して行き、全組織が一度目を通してから再度集まり、お互いの見解を発表して考察するという決定をした。
だが、その後で問題が起きたのだ。
どういう順番で回し読みをしていくか(特に、どこの組織が一番最初に読むか)の話し合いの途中で、シバサキが忽然といなくなった。それと同時に書類も無くなっていたのだ。
代表者たちは騒然となったが、誰が持ち出したかと言うのはすぐにわかった。
シバサキは話の最中に、話も参加せずにしきりに書類の入っていたケースをいじり回していたので、やるのではないかと誰もが思っていたようだ。
一日交替で読む事が決まった時点までシバサキは集会場である酒場廃屋にまだいたので、さすがにその話は聞いているだろうと思いその日は解散となり、翌日回収のためにしぶしぶ連盟政府の拠点を訪れることになった。俺一人で。一人で。
しかし、シバサキはサント・プラントンに戻っており不在だった。
そこで、居合わせたクロエにそのことを尋ねたが、それの行方など知らない、何故渡さなければいけないのか、とやや攻撃的に言い返してきたのだ。
どうやらシバサキは書類ケースをほくほく笑顔で持ち帰ってきて、クロエには「エルメンガルトが僕たちだけに独占的に情報をくれた。誰にも言うな」と伝えていたらしい。
クロエは、自分たちしか知り得ないはずの秘密を当たり前のように語る俺の来襲に非常に警戒したが、状況を説明すると思いのほかすんなりと理解してくれた。
シバサキの機嫌が妙にいいときは、大体何か、周りを顧みず自己中心的なことをやらかしている可能性が高いという怪しさを、彼女も感じていたらしい。
彼女の話では、シバサキを最後に見かけたときはサント・プラントンに向かおうとしていたときだった。
もれなくそのときも上機嫌であり、手ぶらだったのであるとしたらこの拠点だと言った。
そこで彼女と共にシバサキの作り上げたぐちゃぐちゃの紙くずとゴミの山を探すことになった。
(機密の山ではないのかとクロエに尋ねたが、重要なものは全てクロエが管理しているらしい。
シバサキの書類のほとんどは、サント・プラントンのおねぇちゃんのいるお店や高級料理店などの領収書等であり、把握している限りではほとんどゴミらしい)。
結局、見つかることは無かった。どうやら独占するために隠したわけではなく、シバサキが持っていったまま本当に無くしたようなのだ。
クロエは見つからないと分かるや否や、みるみると生気を失って顔をやつれさせた後に頭を抱えだして謝ってきた。
彼女はその紙をシバサキが持ってきていたこと自体は覚えているが、自分が読むよりも前に無くされていたようで全く読めなかったそうだ。
その顔はあまりにも憔悴していたので、クロエはスパイだから嘘をついて隠しているのではないか、と責める気にはなれなかった。
せめて、連盟政府の機密保持ってのはこんな程度でも成り立つのか、と嫌味の一つでも言いたくもなったが、シバサキのゴミ片付けに手伝わされただけの徒労感で満たされどうでもよくなってしまった。
苦労人という言葉がこれほど似合う女性とは、クロエのことだ。同情までしてしまった。
エルメンガルトが連盟法に抵触したことについて責めないで欲しいと釘を刺したが、クロエもだいぶ疲れていたようで「今ここに無いのだから、責める証拠も無いのに何で責めるのか」とだいぶ不機嫌に言った。