黄金蠱毒 第九十三話
セシリアに目配せをすると、彼女はうんと頷いてコートに付けていたブローチを外して渡してきた。それを親指と人差し指でつまみ上げ、二人に見せつけるようにした。
ブローチが手の中で回ると、外からの光を受けて黄色い光を部屋一杯に反射させた。
部屋の隅で拗ねていたストレルカの顔に光が当たると、彼女は鬱陶しいように顔をこちらに向けた。
しかし、ブローチを見た瞬間、大人しかったストレルカが目を見開いて急に動き出した。
「クソが、返せよ! いつ盗んだんだ! それはアタシんだ!」
立ち上がり近づこうとしたようだが、拘束具は鎖で固定されており、長くない鎖が伸びきると勢いよくそれに引き戻されて尻餅をついた。
ストレルカの“盗んだ”という物言いに腹が立ってしまった。尻餅をついたストレルカに顎を上げて見下すような視線を投げてしまった。
「盗んだだと? 何にも持ってないお前らから盗んでどうすんだよ」
「それはアタシの親の形見だ! 早く返せよ! ふざけんな!」
「ふざけんなだと? それはこっちの台詞だ。勝手に暴れて勝手に落としていって、砂の中に紛れて行方不明になる前に誰が見つけて親切に持ってきてやったと思ってるんだよ」
そう言いながら俺はセシリアの方へと目配せして前に出すような仕草を見せた。腕の中のセシリアは困ったようにストレルカとベルカを見ると小さく頷いている。
ストレルカは舌打ちをして何か言いたげな顔になったが、口を歪めて黙り込んだ。
「安心しろよ。こんなモンはいらない。俺たちが持ってても仕方がないから返してやるよ。だが」
俺は掌の上でブローチを転がした後指でピンと弾き、落ちてきたそれを掌で握った。
掌の中を開き、後ろ翅の大きい蜻蛉のブローチを見つめた。
「大事なモンなら丁度良い。引き換えに質問に答えて貰う」
「アンタに教えることなんか無い。なんせアタシらは何にも無いからな、ハッ」
ストレルカは鼻を鳴らして黙り込むと、腕を硬く組み壁の方へ首を向けた。
「そう硬くなるな。簡単なことだ。これまで何度か会ったけど結局聞いてないことがある。お前らなんで黄金探してんだ?」
「そりゃ黄金はブルゼイ族のモンだからさ。末裔のオレたちが使って何が悪い」
再び拗ねて黙り始めたストレルカは問いかけに無視を決め込み壁を向いたままだったが、ベルカが彼女と俺を交互に見て仕方なさそうにため息をこぼすと代わりに答えた。
「それで暮らしを何とかするつもりか?」
「ああ、そうだ。貧しいのはもうこりごりだぜ。早雪が来ても安心してあったかいメシを食えるようになりてぇだけだ。お前らの普通みたいにな」
どうやら話は終わったようだ。この二人は今起きている戦争とは無関係、とまではいかないが、非常に遠いところにいる。それがわかっただけで充分だ。
「そうか。じゃ、俺たち三人が黄金見つけたらまた顔を出せ」
そう言いながらパイプ椅子から立ち上がった。アニエスもそれに吊られるように立ち上がり、帰る準備を始めた。
しかし、ベルカは帰ろうとした俺たち三人に眉を寄せて睨みつけるような視線を投げつけると、
「筋肉ダルマみてぇにお情けかけてやろうって魂胆かよ。おこぼれを寄越して誤魔化そうってのか? ふざけんなよ?
黄金はオレたちブルゼイ族のモンだ。お前らにやるのは砂金一粒ほどもねぇよ」
と声を荒げた。
確かに説明不足かもしれない。出口へと向かう足が止まった。
現状で俺たち三人のしようとしていることを具体的に伝えていなければ、二人にそういう風に受け取られても仕方が無い。説明をするべくベルカの方へ向き直った。
「いや、おこぼれなんかじゃない。少なくとも、俺が見つけた分は全てくれてやる。そして、そのままそれ全部持ってどっかへ失せろ。誰も来ない、誰も知らない土地にでも行きやがれ」
ベルカは俺を睨め付けたまま混乱したような表情になり、「は? 黄金はいらねぇってのか?」と顎を突き出して上目遣いで尋ねてきた。
この二人には話しても問題ないだろう。
返答次第だったが、俺は全てを話すことに決めていた。しかし、外にいるウィンストン、共和国の勢力には話を聞かれるわけにはいかない。
聞こえてしまわないかと警戒するために、俺はドアの方をちらりと見た。