黄金蠱毒 第九十二話
前室の照明が拘束室の中に差し込むと、ベルカの顔を照らした。彼は細く縦に差し込んできた光の方を見ると前屈みだった身体を起こし、様子を窺うように背筋を伸ばした。
やがてドアいっぱいに差し込んだ光に眩しそうに目を細めた。
俺たちは入り口に立ち、差し込む光の真ん中に影を作った。ちょうど頭の影がベルカの顔に当たると、ベルカは片口角を上げた。
「よぉ、久しぶりだな、黒髪の男、占星術師氏族の赤髪、そして我らが長い髪の女の子」
ベルカは顔が腫れていて話し辛そうにも関わらず、ふざけたような口調でそう言った。
その後ろでストレルカは対照的に、うなだれていた頭をさらに落とし差し込む光を避けるように首を背けながら舌打ちをした。
「二人とも元気そうだな」
ベルカは「お前らもな」と拘束具の付けられた腕を動かし、掌を開いては閉じてを繰り返した。
「意外と来るの早かったな。さっきの筋肉ダルマが言ってたからいつ来るのかと思ったぜ。こんな焦んなくても、こっちからで向いてやってもよかったんだぜ?」
付けられた拘束具を未だに律儀に付けているベルカの手首を見ていると、意外な気持ちになった。
部屋を見回せば、置かれている段ボールには使われていないさまざまな道具が入っており、この二人ならそれを使えばあっさりと外せそうなものだった。
「ここの監視はお前らからしたら隙だらけだな。どうせ逃げだして会いにでも来るつもりだったんだろ。ああ、なるほど、タイミング計ってたんだな?」
「そうだな。道具はあっても出口ゃ一つしかねぇ。次に牢屋の鍵を開けた鈍くさいヤツの隙を突いて逃げ出すつもりだったが、お前らじゃぁなぁ。
お得意の移動魔法で出してくれたとしても、クソが付くほど遠いノルデンヴィズにまた飛ばされても困りモンだ。ツイてねぇぜ」
ベルカは掌を天に向けて片目をつぶった。
「ノルデンヴィズが嫌なら、サント・プラントンでもいいぞ。でも、首都の路地裏には詳しくないから、行き先は大通りのど真ん中になるけどな」
近くにあったパイプ椅子を二つ寄せて腰掛けながら、冗談めいてそう言うと、ベルカは「勘弁してくれ」と笑った。
「いずれ来ると分かってたんなら話が早い。早速本題に移ろうじゃないか」
セシリアを抱き直しながらそう言うと、ベルカは膝に肘を突いてそっぽを向いた。
「話なんざ、こんな狭いところでなくても出来るだろ。オレたちの自主的な出所をのんびり待っててくれよ」
「俺はここがいいな。魔法が使えても実戦慣れていないし、体力的にもお前らには叶わない。
自由な状態じゃ、俺も逃げるので精一杯で息が上がって話にならない。
それなら相手が捕まってるうちがいい。少しでも俺たちが有利な状態で話がしたいからな」
俺はふとセシリアが拾ったブローチを思い出した。
路地で遭遇したときに拾ったもので、おそらくこの二人のどちらかの持ち物だろうと思い、会ったときに渡そうと思っていたあれだ。
「おっと、そうだった。お前らのどっちかがコレ落としただろ?」