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黄金蠱毒 第八十七話

 露わになった筋肉にあっけにとられ、その勇ましい姿を遠巻きに見ていると、ユリナが俺たちの傍に近づいてきた。


「ウィンストンはウェストリアンエルフだが、共和国の西側にはデカいあの火山があるだろ? こないだ大噴火したイレレロなんとか。

 遥か昔のカルデラができたときの噴火で滅んだエルフでも人間でもない種族とのハーフの末裔だそーだ。

 エルフのように繊細ではなく武骨な種族だったらしい。ナイ・ア・モモナ以前の文献だからはっきりしねぇけどな。

 パワーだけでいえば、私以上だな。ちなみに着痩せするタイプだ。羨ましいぜ」


「だから、スヴェンニーにしか持ち上げられないはずのあのブルゼイ・ストリカザを筋力だけで持ち上げたのか」


 見慣れているいつもの燕尾服を着ていた時よりも大きくたくましく見える。

 その筋力で振るわれる拳で繰り出す攻撃は、コントロールしても有り余るのだろう。戦闘中彼の周囲は近づけば近づくほどに危険地帯なのだ。

 それ故なのか、二対一であり明らかに不利に見えたので助太刀が必要かと思ったが、ユリナは動こうとしなかった。

 すぐには理解が出来なかったが、今まさに目の前で起きている事象を見るだけで「全部任しておけ」というユリナの言葉の意味を理解できた。

 強さという明確な言葉では無く、背中に鬼でもいそうな男の本能に訴える強さを持つ姿を見て、強制的に理解したのだ。


 ウィンストンは大きく息を吸い込むと、花崗岩のように硬そうな大きな上半身を大理石のようにしなやかに膨らませた。

 合わせられた掌の指と指を絡ませるように二つで一つの大きな拳を作り出すと、膝を曲げた。

 力むのが見えるとその足が丸太よりも太くなった。やがてスラックスが裂けると、鋼鉄のバネと岩石だけで構築されたような太腿が一瞬だけ見えた。

 しかし、次の瞬間には姿はなく、ウィンストンは遮られた日光を追いかけた先で逆光の中で黒くなり笑っていた。


 落下と共に大きな鎚のような拳が振り下ろされると、離れたところにいたはずの俺たちまで揺れを感じた。

 砂ぼこりがあがり、地面には鎚程度では叩き飛ばせないほど大きなクレーターができていた。

 その両脇でベルカとストレルカは構えている。咄嗟に避けたのだろう。

 ウィンストンは動きを止めず、腕を交差させるとすぐさま左右に大きく開いた。

 目にもとまらぬ速さで両腕が開かれると、巨大な鉄扇が巻き起こすような突風が吹き荒れ、アニエスとセシリアの前髪を揺らした。

 その風を追いかけるようにクレーターからは視界を遮るほどの黄色い壁が立ちこめた。

 さらに土埃の中から小石が無数に飛び出してきた。えぐれた地面をさらにえぐり、土埃や石を飛ばしているのだ。それも点ではなく、面での攻撃である。


 煙幕のような土埃が立ち上るのを真正面で見ていたユリナが突然「っと」と顔の前で拳を握った。弾けた石ころがユリナのほうへと向かって飛んできたようだ。

 ユリナは「痛ぇな」とブツブツ言いながら掌を払い小さな小石を払った。

 親指の大きさにも満たないにもかかわらず、あのユリナが痛がるほどの威力があるようだ。


 土埃が収まると、ストレルカが鎌を構えているだけでベルカの姿はなかった。

 飛ばされてしまったのだろうか。ウィンストンも土埃の中で咳をしているストレルカを見た。その時だ。


 ウィンストンの左脇腹からピッと血が噴き出た。メスを入れると出来るような、赤い数珠が数センチにわたり真っ直ぐに連なった。


「視界の悪い煙に飛び込み小石を避け、なおも攻撃に転じて火山仕込みの肉体を切り裂くとは。

 あなたもその剣も、なかなかやるようですな。

 しかし、私のドヴェルグの血も薄まったものだ。悲しや悲しや」


 両手を挙げて傷口を見て首を振った。ウィンストンは「克ッ」と全身を力ませると、出血した脇腹一帯が青筋を立てた。

 傷口からピッと血を飛び散らせると、周囲の筋で傷口を飲み込みんだ。

 傷口は塞がり、そこから血が出ることは無くなった。


 ベルカはその光景を見ると片眉を上げて「こりゃスゲぇな」とつぶやいた。シャシュカを外に大きく振り回して切っ先に僅かに付いた血を払った。


「飛び道具での面での攻撃ってのはほとんどが威嚇だぜ。

 集団戦ならちったぁ有効かもしれねぇが、オレたちゃ二人だけだ。

 一人に当たるのは結局一人分の点でしかねぇ。あとはほとんどどっか行っちまう。

 ハッタリかましてデカく見せる為に密度は薄くなるし、どう頑張っても偏るんだよ。避けるなんざワケねぇ」


 首を傾けて

「まぁ、なんだ、ゴチャゴチャ言っても仕方ねぇ。とりあえず、爺さん、一張羅が台無しだな」

 とシャシュカの切っ先を人差し指でなぞり、手首を返して光らせた。


 ウィンストンは「燕尾服は貸し出しではなく自前でしてな。給料から引かれることはないので、心配には及びませんぞ」と傷の辺りをパシパシと軽く叩いている。


「あんたの馬鹿力とそれで繰り出す向こう見ずな攻撃はよく見させてもらった。ならこっちは繊細さであんたを打ち負かす」


「それは結構でございます。私にないものは繊細さですからな。

 学生時代の知識を生かして植物の世話をすれば、自ずと身に着くと思っていたのは間違いだったようですな」


「はっ、サボテンでも育てなよ。ありゃ意外とすぐ枯れるぜ?」


「植物は植物。育て方はそれぞれであって、必要なのは繊細さではないということに気がついたのですよ」


「そりゃそうかもな。だが、今アンタが相手にしてるオレたちゃお花じゃねぇ。繊細さも必要だぜ? それに、あんたと違う物がもう一つあるぜ」


「ほう、なんですかな?」


「チームワーク」


 ストレルカの声が聞こえた。その時にはすでに彼女はウィンストンの後方から足元に潜り込んでいた。止まることを考えていないような速さである。

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