黄金蠱毒 第八十四話
空気を押し出すような魔法射出式銃のいくつかの発砲音が収まると、音の大きさで張り詰めていた鼓膜にいんいんと高い余韻だけが残った。
その静けさの中でベルカとストレルカは交差させていた手を下ろすと、自らの身体を叩くようにしてまさぐり確かめた。何も怪我をしていないことに二人は困ったように顔を見合わせた。
次第に音が戻り始め基地のざわめきが聞こえ始めると、ウィンストンが銃を下ろした。同時に俺たちの後ろの電柱が倒れて煙を上げ、給水塔から水が噴き出した。
「やはりすばしっこい。避けられてしまいましたな」
ウィンストンはぽつりとつぶやいた。
俺はユリナやジューリアさんに「ウィンストンに銃を持たせてはいけない」と言う話を聞いていた。
セシリアはジューリアさんから直接何かを聞いていたようだった。
それはウィンストンに銃を持たせれば、鬼に金棒なのだろうと思っていた。
しかし、銃撃は全部外れている。
それどころか、どう撃てば俺たちの後ろのテントの前に置かれたドラム缶や電柱、給水塔に穴が開くような銃撃を出来るのだろうか。
撃ち出された魔法をベルカとストレルカが避けたのではない。銃を持たせてはいけないというのは、つまり、要するに。
ユリナは頭を押さえて二、三度首を振った。
「ウィンストン、相変わらず惚れ惚れする腕前だな。むしろ避けてくれた方が当たるんじゃねぇの? さすがに一発くらい当てろ。ヘタクソ」
「奥方様、私はジューリアめのように武器を器用に使えないのですよ。うまく使える道具は剪定ばさみくらいですぞ」
ウィンストンは屈んだ姿勢のまま、後頭部を押さえながら困ったように眉を寄せてユリナの方を見た。
「この間、私の育ててたクスダマツメクサを雑草とか言って切ってたじゃねぇか」
「あ、あれは摘心ですぞぉっ。むむむ」
ウィンストンはびくりと肩を浮き上がらせると裏返った声で慌てたように言った。
「ま、仕方ないさ。ジューリアはマリークが心配とかで帰っちまってるしな。ウィンストンしかいないんだ」と跪いたままのウィンストンの背中を平手で思い切り叩いた。
叩かれた背中からまるで岩の表面を鞭で叩いたような軽快な音が響いた。音に反応するように歯をむき出しにしたウィンストンはゆっくりと立ち上がった。
その顔はこれまでの執事のような穏やかなものではなくなり、ステロタイプのロッホランナッホのような、目を細めて顔中に皺を寄せる豪快な笑みが漏れている。
ユリナは「やり方は任せる。とりあえず、とっ捕まえとけ」とだけウィンストンの背中に向けて言うと離れていった。