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魔法使い(26)と勇者(45) 第七話

 時間設定で管理されている空調が部屋全体を暖めはじめてしばらく経ったのか、ふとんの中が熱くなり目が覚めた。

 特に理由などなくても動こうとしないうちにどうやらそのまま再び眠りについてしまったようだ。顔だけ出すと空気は強すぎるくらいの空調のおかげでもわもわとしていた。

 タイミングよく部屋のドアがノックされ、開けると料理を乗せたサービスワゴンとこぎれいなサーバントがいた。部屋まで飯が来るさすがの宿だ。


 朝食にでてきたクロワッサンを口に運んで女神の言っていたことを思い出し考えてみることにした。魔法使いも勇者も資格みたいなもので、勝手に名乗ってはいけないそうだ。

 俺はもといた日本でとある国家資格を習得した。免許無くして名乗るのはルール違反という点は同じだ。国家試験も通過して大きめの額縁に収めるような免許証ももらった。その後はというと、持っているのは免許だけ、腕も何にもありません、と言うような状態でプロと同じような立場を要求され、何もかもが嫌になった。

 資格は持っていたほうがいいとよく言われるが、それよりも持つべきものは技術とそれを操るだけの才能であり、それはどこでも同じなのではないだろうか。資格を取って初めて何事においても技術が必要と言うことにも気が付いて、任されたことをすべて何とかしようという青い理想は唾棄された。そして、はじめは才能と努力は並行していて、ある程度時が経って同じ次元に並んだ時一歩前に出るための鍵は才能だった。


 これからまた似たような、ペーペーのペーパー魔法使いの状態で始まるというのに嫌なことを思い出してしまった。元いたところのことは許されるなら忘れたい。資格だけを持って、それを盾に行ってきた中途半端な所業の数々。そして分野は違えど再び訪れた初心。最初の何もできないという無責任な状態に耐えられるか、継続する努力ができるのか、そしてその後を決める才能があるかどうかもわからない不安ばかりだ。


 半分に残ったクロワッサンにやけでバターを塊で塗りたくる。しょっぱい。


 まずは職探しだ。死ぬ気が無いなら、目的無くとも生きねばならない。コーヒーを飲んで気を取り直した。


 元勇者だったらしい俺は現魔法使いだ。そもそも勇者だったころにまともにやっていたことと言えば何もない。そして、魔法使いになったわけだが、何ができるんだ。


 日本でも資格を持っていただけ、こっちにきても資格を持っていただけ。

一体自分は何をしてきたのだ。


 コーヒーを持った手が止まり、外を見ると朝靄が建物を覆っている。

 これからも似たような生活をやっていくのだろうか。狩りして、売って、稼いで休んで。そんなことの繰り返しだろうか。


 結局、何の進展もないまま朝の食事が終わってしまい、とりあえず外に出るしかなくなった。



 階段を降り、フロントに顔を出すと糸目の受付が首を動かしてこちらを見てきた。


「お戻りは何時ごろになりますか?お夕食の時間もありますので」

「申し訳ないです。具体的には決まっていません。午後には一度戻るのでその時お伝えします。日が落ちてしばらくしても戻らなかった場合はなくて結構です。ありがとうございます」


と言うと、宿の受付はなぜか驚いたような表情をして、かしこまりました、と返事をした。

「お早いお出かけで。いってらっしゃいませ」という声を背中に聞いてドアを押す。ドアベルがカラカラ音をたてた。


 まだ早い朝日が目に飛び込んでくる。まぶしすぎて目が痛くなり細めた。どうやら市街地を覆ていた靄は晴れたようだ。

 少し寒い早朝の朝の匂いだ。この匂いはどこでも同じなのだろうか。吸い込んだ空気の匂いを確かめた後、吐いた息は白くなった。最初にいた交通要所よりもだいぶ寒いところにきたのだろう。少し早すぎたのだろう、町はまだ活気のない時間だ。


と格好つけて外に出てみたが、ここがどこだか、何があるのか全く分からない。

そして寒い。すぐに宿に戻った。


「お早いお戻りで?」

受付はいまにもアレ? と言いそうな表情をしている。


「あ、いえ、そういうわけでは。あの地図とかありませんか?あと、ハローワじゃなくて仕事とか斡旋する施設はありませんか?」


 受付はあっ、というような顔をして、それならと言いながら、デスクの中から大事そうに鍵つきの箱を取り出し、ふたを開けた。中にはまかれた羊皮紙が大きなものとち小さなものの二個入っている。そしてメモ用紙をつかむと何かさらさらと書き始めた。


 メモか。読み書きに関しては不安があり、できれば口頭で伝えてほしいのだが。なぜかは知らないが、話す人話す人みんな日本語が達者で、会話に関しては気に留めてもいなかったが、文字は絶対読めないだろうと思っている。この五か月、必要がなかったので読み書きは全く練習していない。

 さらさらと書く受付を気まずそうに見つめてしまった。書き終わり渡されたメモを見ると案の定知らない文字だ。


「職業会館……」


だが読めた。なぜだ。

なぜ読めるのかわからず、呆然とメモを見つめてしまった。


「お客様どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、なんでもないです。この紙は何ですか?」

「レアさまに何か尋ねられたら渡すように仰せつかったものです」


へぇー、と羊皮紙二つとメモを受け取り、大きいほうを開いてみた。

 世界地図だろうか。大小さまざまな島と街道海路地名地形、移動手段などさまざまな情報が織り込まれている。東京でいえば地下鉄と電車とその時刻表と幹線道路と、それ以外にも盛り込まれているような至れり尽くせりの情報量だ。

 誰かが何かを書きこんだのか、ところどころに赤い×や黒で塗りつぶされたところがある。よく戦国で見かける凸も散見される。

 受付は羊皮紙の中身を見るや否や一歩引き下がり目を大きく開き明らかに動揺している。

 何がそんなにすごいのか、ヤバいのか。よくわからないがとても大事そうなものみたいなので懐にしまった。受付のため息が聞こえる。

 もう一つの小さいほうはこの街の地図だ。町の名前まで書いてある。この町はノルデンヴィズというらしい。

 メモに書かれている文字を探してみた。町の北側、地図上では上に位置する場所にある噴水のある広場に面している建物が職業会館だ。


 よし、でかけよう。


 再びドアベルを鳴らし外に出た。日は先ほどより少し高くなり、活気も出始めていた。朝食の匂いが町の中に立ち込めている。コーヒー、焼きたてのパン、それ以外の調味料。

 今度こそ出発だ。意気揚々と地図を開いた。目指すは広場横の職安!


カランカラン、とドアベルが鳴る。


「お早いお戻りで」

「すいません。ここは地図の上でどこですか」


自分が泊っている宿の位置を把握していなかった。



 宿泊先を出てブラウルの広場につくと、地図のイラスト通りの大きな噴水があった。

 しかし、浅黒く日焼けした大柄の男性たちが樽や岡持を並べ占拠していて近づくことはできない。みな一様にみすぼらしい姿で貧困にあえいでいるのだろうか。噴水に特に用はないので距離を取りつつ目的地を目指した。

 広場に面している職業会館は観音開きの立派なドアのある大きな建物で一目見ればわかる。


「お仕事をお探しですか?」


建物のドアノブに手をかけ開けようとしたところで元気のいい声に後ろから呼びかけられた。昨日聞いた声だ。レアとか言ったか。

探しに来いと言った張本人のすがすがしいまでの白々しいセリフだが、この子なので許す。

振り向くと覗き込むように上目づかいで


「それならとっておきのがありますよ!」


そして、俺はシバサキさんに出会った。

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