黄金蠱毒 第八十二話
「自らをブルゼイ族だと語るベルカとストレルカと名乗る男女の二人組です」
返事を聞くや否や、ユリナは「だとさ」と俺たちの方へ振り向いた。
「やっぱり来たじゃねぇか。噂をすれば影なんとか」
「おそらく、長官や我々共和国軍ではなく、イズミさんたちに用事があるのだと思われます。
敷地内に無断で入り込まれたので問答無用で追い返そうと我々で対処していたのですが、相手もなかなか手強く、足止めで精一杯なので雷管式銃の使用許可を得ようとした次第であります」
「伍長の言うとおり、あいつらが私に用事があるとは思えねぇな。
この間は本気じゃなかったが、釣りを返すなんて馬鹿げたことを思いつかせるほど生半可な殴り方はしてねぇからな。
少なくとも、デカい鎌振り回してた方は私と目を合わせたらクソ漏らすハズだぜ?
用があるとすりゃー、お前らだな。
しかし、お前らがここにいるって知ってるてこたぁ、だいぶ前から尾けられてたんじゃねぇの?」
「すまん。巻き込むようなタイミングで来たのは申し訳ない」
「相変わらずボーッとしてんな。誰にも尾行されてない瞬間があると思うなよ。立場考えろ。お前らはどうすんだ?」
「逃げる以外のことはしない。でも、参ったな。セシリアがこんな状況じゃ移動魔法も繰り返しは使えない。
あいつらもアニエスだけじゃなくて俺も移動魔法を使えることを知ったし、もう何かしらの対策をされてるはずだ」
セシリアは俺の腕の中で顔を真っ赤にしている。額も汗だくで前髪が束になっているほどだ。身体を冷やすために杖に氷雪系の魔法をかけて、額と首筋にあたるように握らせていた。
ユリナはぐったりと抱きかかえられてるセシリアをちらりと見ると「足手まといだな」と吐き捨てた。
俺はその言い方に腹が立ち、言い返そうとした。しかし、ユリナは顔の前に右手を出すと、「なんだよ。足手まといなのは事実だろう」と俺を押さえ付けた。
鬱陶しいようにその手を避けて「言い方があるだろう」と喰い気味で言い返すと、ユリナは思い切り睨みつけてきた。
「足手まといは足手まとい。戦う術のない者は足手まとい。
だが、私らは軍人。武器を持たない足手まといの民間人を守るのが努め。
軍人は武器が無くても戦えるが、持つことでその義務を帯びたと宣言する。例えどれほど民間人に嫌われてもな。
それにここで見捨てれば、私の築き上げてきた強さが泣く。この場は私らに任せろ」
「アンタは暴れたいだけじゃないのか、それ」
言い返してしまったが、内心はお前らでナントカしろと言われるのではないかと思っていた。
しかし、何か対応をしてくれそうなユリナの力強い反応に少しホッとしてしまった。
ユリナは舌打ちをすると「ちげーから。ま、気分転換に暴れるのもアリだが、今戦うのは私じゃねぇんだよ」と言うと大声でウィンストンを呼び出した。
「お呼びですか、奥方様」
すると、まるで先ほどからすぐ後ろにいたかのように何処からともなくウィンストンが現れた。
ジューリアさんは共和国に帰っている。するとエルメンガルトの護衛は誰がしているのだろうか。
「エルメンガルト先生の護衛はどうなったんですか?」
「フラメッシュ大尉に任せております」とウィンストンは笑った。
フラメッシュ大尉と言えば、よく顔を見る女中部隊員の一人だ。ユリナやジューリアさんの強さが別次元で、申し訳ないが貧弱にも感じてしまう。
不安が眉毛に出ていたのか、ウィンストンは「ご安心を」と話を続けた。
「彼女は元は帝政ルーア西方広域海洋警邏部。そこから白服に移り、その後色々とあって私がギンスブルグ家に連れてきた。
過去四十年間人間との表だった戦いも無く平和な時代だったと言われていても、他の者よりも何かと修羅場をくぐり抜けているので、彼女だけでも充分でしょう」
「で、伍長。お客さんはどちらにいるんだ?」
「それが――」




