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黄金蠱毒 第七十七話

 俺はセシリアを下ろしてゆっくりとポータルに近づき覗き込んだ。

 すると、ポータルの先から香ばしく落ち着くような、懐かしい香りが漂ってきた。

 さらに近づくと、たくさんの観葉植物が並んでいる様子が見えていて、微かに流れるスロージャズのような音楽も聞こえ始めた。

 ポータルを繋いで二人を落とし込んだ場所は、ノルデンヴィズ職業会館裏通りにあるアイビーで覆われているあのカフェだ。


 カウンターの方が見えたのでそちらを見ると、明るめのカーキ色のチョッキ、コーデュロイ生地の蝶ネクタイをしたいつものこぎれいな初老のマスターが無表情でカウンターの裏から何事かとポータルを見上げている。

 右目は義眼のために動きが左右非対称だ。その動くほうの左目と視線がぶつかるとグラスを拭く手が一瞬止まったが、すぐに動き出した。


 ベルカは真上に落ちてきたストレルカに巻き込まれて下敷きになっており、咳き込みながら「チクショウ、お前ら……」とつぶやいた。

 その上にうつ伏せに落ちたストレルカは身体を寝返らせて仰向けになった。

 どうやらダメージが身体に響いてついに動けなくなってきたようだ。苦悶の表情を浮かべたまま、ぐったりとして身体を起こそうと右肘を立てようとしているが何度も滑るように崩れている。


 二人は落ちた場所が悪く、カフェのテーブルや椅子を二、三個巻き込み壊してしまった様だ。埃がだいぶ舞っている。


 俺はポータルを開いたまま二人を見下ろして呼びかけた。


「移動魔法が道具無しで使えるのはアニエスだけじゃないぞ。残念だったな。

 実は俺も使えて、交互にポータルを開いてお前らを混乱させてたんだ。

 それにクライナ・シーニャトチカの路地一本まで詳しいのはお前らだけでもないんだよ。

 俺たちは連盟政府じゃ凶状持ちで追われてて、北公からは要注意人物扱いで監視されてるからな。

 まともに歩けるところは路地裏ぐらいしかないんだよ。ここも短くない。普段使ってると嫌でも覚えるんだよ」


 ベルカは動けなくなったストレルカをどかそうとしている。彼女の肩に手をかけ押しながら「そいつぁ笑えねぇな。プリャマーフカが吹っ飛んでたのもお前らの作戦か?」と尋ねてきた。


 遅れてセシリアが地面に手をついてポータルを覗き込むと、二人に向かって思い切り舌を出した。


 カフェで重なっている二人がセシリアのその顔を見るや否や、驚いたように目を開いた。

 ベルカは動きを止めると首の力を抜いて脱力し後頭部を床に落とすと、「やられたな。こいつぁとんだおてんばのお姫様だぜ」とつぶやいた。


「サント・プラントンの街中に放っぽり出さなかっただけ、感謝してくれ」


 そう言うとベルカは右手を挙げて掌を開いたり閉じたりをして返事をした。


 やりとりを見ていたマスターがふむふむと鼻を鳴らしながらカウンターから出てきた。

 何も言わずに顎に手を当てると、床の二人組と天井の俺を交互に見つめた。最後にセシリアを見ると、何かを納得したかのように眉を上げた。


「マスター、突然申し訳ないです。コーヒー二つ。とびきり熱いのを彼らに。

 壊れたテーブルや椅子は今度直しに、あぁ、できるだけ早めに伺います。

 コーヒーの代金は北公軍のムーバリ上佐にツケといてください」

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