黄金蠱毒 第七十六話
倒れていく視界の中で宙を舞うセシリアが右腕をいっぱいに伸ばしてこちらを見ている。
その背後ではベルカが満面の笑みを浮かべ、「貰ったァ!」と叫ぶと宙に浮いているセシリアをかっさらおうと踏み込もうとしている。
さらにその後ろ、遠くに見えていた、ストレルカに押さえ込まれているアニエスが表情をキッと険しくした。
今だ!
「イズミさん、今です!」
アニエスの大声と同時に俺は唱え続けていた移動魔法を解き放ち、手を伸ばし足首と膝をくの字に曲げて力強く地面を蹴りセシリアに飛びかかろうとしているベルカの足下に円形のポータルを開いたのだ。
ベルカは力を込めて踏み込もうとしていた足場を急に奪われてしまい、驚いた顔でうつ伏せに倒れていく。
俺は杖で地面を突き、勢いを付けて立ち上がった。そして、まだ宙を舞っていたセシリアの腕を掴み抱き寄せて、ベルカの様子を窺った。
どこかに捕まろうとして手足をばたつかせてポータルに縁に掴まったので、俺はポータルの大きさをさらに広げた。
しかし、広がっていくポータルに飲み込まれてもずるずると土にひっかき跡を残してふんばり、なかなか手を離さないので、掴まっている手元めがけて小さな火の玉を放ち、地面を僅かに弾いた。
手には当てなかったが、掴んでいた土塊は脆く崩れて、見えていた手はするりとポータルに消えていった。
ベルカが落ちきったことを見届けると、すぐさまポータルを狭めた。
ストレルカはベルカが突然視界から消え去ったことに動揺を見せた。
アニエスはその動揺で抜けたほんの僅かな力加減を見逃さなかった。
自らの肩関節を外して押さえ込んでいたストレルカの腕をほどくと、右手でストレルカの左手首を引き、ストレルカの左腕を真っ直ぐにした。
さらに右脇で掴んでいた左の上腕を挟み、さらに左手首を強く引き脇に体重をかけ、目にもとまらぬ速さで関節技をかけて押さえ付けたのだ。
しかし、いつものようにガッチリとではなく、解けるほどの余裕を与えて押さえ込んでいる。
ストレルカは痛みに堪えるような表情を見せた。先ほどのユリナに受けた強烈な攻撃で身体に刻まれたダメージに響いたのだろう。
だが、すぐさまアニエスをほどいた。俺はそれと同時にストレルカの背後の足下にポータルを移動させて再び大きく開いた。
「お前ら二人とも、攻撃を回避すると後方に足をついたまま後退る癖があるんだよ! ましてやアンタはいま手負いだ。距離を取ることばかりに気を取られてる!」
思った通りにストレルカは足をするように後退し、自らポータルの方へと飛び込んでいった。
そして、しまった、とストレルカは言うまもなく仰向けになり、手をばたつかせて縁を掴もうとしながらポータルへと吸い込まれていった。




