黄金蠱毒 第七十四話
合図と同時にアニエスは移動魔法を唱え始めた。
「そうか、じゃあな。また会いたくはないけど、どうせ来るんだろ? またな」
短く唱えると俺たちの背後にポータルが開いた。
ストレルカは黄色く光る四角いポータルを見た瞬間、
「いや、マズいぞ、ベルカ! あの赤い髪。聞いたことがある! あの女は占星術師氏族だ! 奴は移動魔法を道具無しで使える! マジで逃げられる! 遠くに行かれたら私らじゃ追いつけない!」
と大声を上げて、すぐさま鎌を振り回して飛びかかろうと踏み込んだ。
ベルカは驚くよりも先に声に反応し、甘い踏み込みのまま地面を蹴って向かって来た。
アニエスがポータルを開いた先は、自分たちがいる路地のすぐ隣の路地だ。
長距離ともなると詠唱に時間を要するが、数十メートルともなればつなげるまでに時間はかからない。
三人でそこへゆっくりと足を踏み入れ、振り返り二人を見送るようにポータルを閉じた。
閉じ際、ドアの郵便受けほどまで狭まったポータル越しに手を伸ばし、捕まえんと必死の形相の姿が見えた。
しかし、これで逃げて終わりではない。
俺たちはこの二人の襲撃が再度起こることを見越して、二人を振り回して追跡を捲くための行動を三人で予め決めておいたのだ。
俺はそこでアニエスに一度セシリアを預け、今度は俺が続けざまにポータルを開いた。通り抜けた先の別の路地で「アニエス、こっちだ!」とわざと二人に聞こえるように大声を出した。
すると、先ほど移動した場所からアニエスが「そっちね、わかったわ!」と返事をする声が聞こえた。
再び、アニエスのいる場所に戻り、今度は俺がセシリアを抱き上げた。そして、また別の路地にポータルを開き、セシリアに耳打ちをした。
するとセシリアは大きく頷くと「パパ、こっちだよ!」と大声を出した。
さらに二人を挟んだ対角線上にポータルを開き、今度は開いたまま「あっちだ。北に逃げるぞ!」と大声を出した。
それから何度か移動魔法の混線を防ぐために、アニエスと交互にポータルを開き、あちこちの路地に移動を繰り返した。
あえて声がきちんと二人に届くようにするため遠くへは逃げず、わざと気配と姿を曝しながら、そして、移動魔法の詠唱時間を短くするために近距離で遇うように移動魔法を繰り返し使い続けた。
しかし、交互ではあるが繰り返していると副作用なのか気持ちが悪くなってきてしまった。アニエスにもおそらくそれは起きているはずだ。
そして何より、これ以上は身体がそこまで強くないセシリアにとっても負担になるかもしれない。そろそろ限界だろう。
状況は芳しくなく、移動先の選別が雑になってきてしまったせいで行動パターンが読まれるようになったのか、路地に先回りされることが起き始めたのだ。
そして、ついにアニエスが先回りされてしまい、ストレルカに捕まってしまった。




