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コウノトリは白南風に翔る 第三話

 アンネリはいつからかずっと様子が思わしくない。一日中青い顔をして気持ち悪そうにしていたり、フラフラと足取りもおぼつかなかったりする。それでも彼女は無理をしてでも依頼に参加する。


 なぜそこまで無理をするのか。錬金術師だからだ。

 いつかカミュが言っていた、不人気職ぶっちぎりナンバーワンのワーキングプア職種こと錬金術師だからだ。


 レアは個人でも商会でも潤沢なお金を持っている。そのおかげで俺は命を救われ、杖も手に入れられた。

 カミュに至ってはこの世界の金融の中心にいる人間の娘だ。国家の中でヴィトー家の位がどれほど高いのかわからないが、通貨発行権を持つというのは、元いた世界で例えればロ〇チャイルド家みたいなものだろう。あまりにも高貴で親がはるか雲の上、下手をすれば宇宙空間の存在であり彼女すら会うことができないとしても、血のつながった娘である以上、少なくとも上流階級程度に裕福である。

 俺は、その二人に比べれば大腸菌程度だが、独り身で趣味もないのでレアに借金を返済しつつもお金は貯められている。


 生活への不安がある程度ない俺たちの一方で、錬金術師であるオージーやアンネリはどの程度の資産があるのか、そして実家がどうなのか、そして私生活そのものもよく知らない。

 シバサキのチームに吸収合併される以前、ワープアというその言葉を受けて二人にはカミュやレアと同等の給料を支払った。この二人は錬金術師の中では特殊で、本来ならサポートに徹するだけでなく、戦いにおいて大きな戦力となっている。もし、同等の給料を支払わないとなればそれは俺の人格を疑われる。

 額面的には一人で生計を立てていける程度には支払っていた。以前は学生なので収入はなく、少ない仕送りでやりくりしていて貯金の余裕などないというのはアカデミアにいたころの様子からよく知っていた。手にしたお金はどう扱うかは彼ら次第だが、貯金するようにカミュに説得されていて、しばらくしてから貯蓄を開始する予定だった。


 しかしその後、貯蓄を開始する前に短期間でチームを吸収合併されてしまった。そして、シバサキチームになってからはリーダーたちの使い込みによって収入は目減りした。俺自身の収入もだいぶ減り、日々賄えず少しずつ貯金を切り崩している。貯金のない二人がさらに無理をしなければいけなくなったと察しもつく。元チームメンバーにだいぶ負担を強いている状態だ。



 そもそも、その状態になってしまったのも女神に頼まれた例の件の調査を半ばヤケで受けた俺のせいであり、それに付き合わせて辛い思いをさせているというのが見ていられなかった。それに加えて、アンネリの体調が思わしくないというのは心苦しい。できるものなら休んでほしいと思った。しかし、その時の生活の保証が確実にできるとは言い切れなかった。


 俺は苦しむ二人の姿を見ることが次第につらくなっていき、そして、ついに錬金術師二人と言い合いになってしまう日が訪れてしまった。


 その日も雨で、依頼を引き受けた時から次第に強くなっていった。雨が強すぎるため依頼を一時中断せざる得ないことも多くなり、その間は休憩時間となった。その休憩中に木の下で雨宿りをしながらへたり込んだアンネリに俺は言った。


「まだ体調悪いの?」


 彼女は寄りかかっていた木から立ち上がった。


「大丈夫。ホントに大丈夫だから」


 作り笑いをしているが、暑さによるものではない汗をかいている。


「そう言ってずっとそんな状態だけど……。休んで体力戻したほうがいいと思うよ」

「休んでられないわよ。休んだら給料なしとか言いそうだし。あたしたち錬金術師はワープアなんだから。それにあんたがリーダーのときと違って収入もだいぶ減ったし」

「それは申し訳ない。けど、稼ぎが少ない時期に無理して体壊して、稼げるときに動けなかったら意味ないよ?」


 何かを怪しむように俺を覗きこんできた。


「あんた、それ何か考えてるの? これから状況が変わるみたいな言い方してるけど」


 すかさず視線をそらした。シバサキのチームは調査がすんだら元メンバーを連れて辞めるつもりだ、とはまだ言えない。しかし、このとき本当のことを言うべきだったのかもしれない。俺の反応を見たアンネリは肩を落とした。


「なーんだ。じゃますます今もその時も頑張らなきゃいけないわね」


 彼女は直接的に言わなかったが、まるで俺が何も考えていないような諦め交じりに言い方をした。それに少しムッとしてしまった。


 チームの今後をどうするか、真相を知っているのはカミュとレア。つまり、元のチームで知らないのはこの錬金術師二人だけなのだ。確かに言わないというのはどこかおかしい気もする。だが、収入面に不安があるこの二人に、またしてもチームを辞めるという話は不安を増長させかねないと思っていたから黙っていたのだ。

 アンネリは背中を向けて肩を落とした。


「はぁーあ、あたし、気持ち悪いからもう少し休んでるわ。少し立ち眩みもするし」


 ため息交じりの言葉がまるで心に刺さるようだった。

 誰かのためを思って、というのは俺は嫌いだ。結局のところ、人のためを言いながら自分のためでしかないのだから。それでも、俺は目の前にいるアンネリが心配で、彼女自身のために休ませたかった。アンネリのため、という意味が本当のところ自分の何のためかはわからない。

 ただ、はっきりしていることは休んでほしいという思いだけだ。人の気持ちも知らないで、そんな態度を俺は取られたくない。


「そんなに具合悪いなら出てくるなって! 家で休んでろって! 心配で見てらんないんだよ! ミスして大怪我して体調不良で済まなくなったらどうすんだよ!?」


 腹の底が熱くなったときには、すでに声を荒げていた。

 その場を離れようとしていたアンネリは立ち止まって振り返ると、俺を強くにらみ返した。


「はぁ? 絶対いや! なにがなんでもあたしはここに来る! どんだけあんたがあたしに言ってもそれだけは無理!」

「なんで!? ここで体壊れちゃったら元も子もないって!」

「あたしたちは頑張らなきゃいけないの! これからはもっともっともーっと! つかあんた、なにイライラしてんのよ? 後輩君が来なくなったことでまだうじうじ悩んでるわけ? そんなんでつっかかってこないで!」

「違う! 俺は……」



 何も言えなくなった。何か言えないだろうか。必死で考えても言葉が出てこない。カトウの件で自信を無くしているのは確かだからだ。

 一方的に教育係にされて嫌だった。落ち着きのないガサツなやつだったが、素直でいいところもたくさんあった。性格的に俺以上に冒険者は向かなかったし、料理人として生きるのが向いているのは明らかでこのままでそちらへ向かえばいいとも思っている。

 ただ、やはりチームに引き留めることができなかったことは俺の落ち度であることに変わりはない。それが悔しくてたまらない。もし、どんな形であれ、カトウに引き続いてアンネリまでいなくなられたら、自分が信じられなくなる。

 強く言われて気が付いた。やはり自分のためなのだ。

 虚しくて、言い返せない。

 にらみ合い言い合いをしていることに気が付いたのか、オージーが俺たちのそばに来た。


「アナ、イズミくん、どうしたんだ?」

「イズミが来るなって言ってんだけど」


 オージーは悲しそうな顔をして俺を見た。そして、前に来ると両手を肩に置いて、ゆっくり口を開いた。


「イズミくん、もう少し様子を見てもらえないか? アナの体調を気にかけてくれているのは分かる」

「オージー、申し訳ないけど、君がそれでいいなら、何て言えない。君たちの関係は知っている。一番そばにいられるのは君で、俺たちの誰よりも彼女を理解しているのはわかる。だからってすべてオージーに任せるってわけにはいかないんだよ」

「アナのことについてはボクたち二人を一人ひとり分けて考えることはもうできないんだ。細かくは言えない。それにボクたちだけの問題でもあるんだ。すまない。体調に関してはボクに一任してもらえないだろうか。申し訳ない」

「それなら、もし依頼に参加するというのなら、オージーはアンネリをできる限り万全な状態にしてほしい。一番辛いのはアンネリだし、無理をされると見てるこっちまで辛くなる。それにアンネリは貴重な戦力だから欠けられても困る」

「善処する。すまない。本当に」


 肩から手を放すと、オージーは頭を下げた。そして、俺は少しでも冷静になろうと二人から離れた。

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