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黄金蠱毒 第七十一話

 ユリナはシバサキが出て行ったのを見届けると、視線を上に向けて舌先を出した。

 だが、気を取り直すように目をつぶると足先をクロエと俺の方へ向けるゆっくりと近づいてきた。すぐ側まで来ると、にんまりと口角を上げ腰に手を当てて見下ろしてきたのだ。


「おいおい、何だよ。何すんだよ。こっちくんなよ。アンタがのしのし近づいてくると怖いんだよ。何されるかわかんないからな」


 俺が渋い顔でそう言うと、ユリナはふっふーと鼻を鳴らしてゆっくり屈み込んだ。そして、意識のないクロエの頬を人差し指の爪を立ててぐりぐりと押した。


「ビビんなって。私を猛獣かなんかだとでも思ってんのか?

 安心しろ。好きなだけ殴ってご理解いただけた様子だからコイツはもうどうでもいいんだよ。

 しかし、イズミはホント甘ちゃんだよなぁ。綺麗さっぱり治しちまいやがんの。

 でも、身体に刻まれた負傷の経験まで治せねぇよなあ。

 完璧に治っても死にかけたこと忘れんなよ? お前自身が忘れちまったら見せしめの意味ないからなぁ」


 人差し指は頬がへこむほどに押しつけられて痛みさえ出そうだ。ユリナが指を離すと小さな三日月のような爪の痕がついている。だが、クロエの反応はまだ無い。

 ユリナはさらに瞼をひんむいて、上転した瞳を睨みつけてへっへと笑った。


 先ほどから治癒魔法を集中してかけ続けていたおかげで、クロエは死戦期の反射だけの表情から苦しそうな表情になり始めた。

 ユリナに引っ張られている瞼の不快感が戻ってきたようだ。掌を自らの顔の前に重たそうに載せて払うような仕草を見せた。


 ユリナはそれを見て嬉しそうになり、クロエの手を避けると再び頬をつついた。

 そちらに近づいてくる手を避けて再び頬をつつきを繰り返し、不快感を払おうとするクロエの反射で遊んでいた。

 俺が邪魔臭さに杖でユリナの手を払うと、下唇を出して退いた。


 やがて意識を取り戻して顔色を良くすると目を辛そうにゆっくりと開けた。

 そして、床に掌をつき身体を支えながら起こすと瞼を強く閉じて額を擦り、眼鏡のつるを持ち上げた。目を細めて割れた眼鏡を見つめている。残念だが、服と眼鏡までは治癒魔法では直せない。

 喉で息をするようにして唸る音を鳴らした後、二、三度瞬きを繰り返して傍で治癒魔法をかけていた俺の方を見て辛そうに笑った。


「毎度、申し訳ないですね……。さすがに今回は冥府の川の渡し守に会いそうでしたよ」


「生きてたか。もう死んだのかと思ってた。渡し賃を持って無くて良かったな。今回は特にやられたな。

 今回はさすがにユリナもやりすぎだから助けてやったけど、相手がどこであれ、何かを盗もうとしたのは許されない。

 だがあんたの連盟政府への忠義は見上げたもんだ。ある意味、理想的な家来だな」


 クロエは何も言わず、ふっふと笑いながら「後遺症は……」と腕や肩をぐるぐると回した。自らの身体機能を確認するかのように掌を開いては閉じを繰り返し、交互に片目をつぶったり、片耳を塞いで口を開け閉めしたりしている。


「なさそうですね。さすが、イズミさん。何度も受けて分かったのですが、あなたの治癒魔法が効果的なのは、まず最初に止血と共に血管の修復をするからですかね、ふふふ」


「いちいち治癒魔法をかける俺の身にもなってくれ。

 治癒魔法をひたすらかけまくるのと違って、血管をピックアップしてちまちまやるのも集中力がいるんだ。

 せめて俺の前では死にかけるほど無茶はすんな」


「私は連盟政府に仕える者。格式高く長い伝統を持ち、深き闇より連盟政府の礎を守る者。

 例え主が無能であろうとも、いえ、無能である今だからこそ私たちが……。

 ああ、あなたにはもう何度も言いましたね」


「不運なことに、あんたとも付き合いが短くない。

 それに、出来ることがあるのに致命傷の怪我人を放っとくのも胸くそ悪いんでな。

 それにしても相変わらず素晴らしい上司だな。あんたが常識的な一般人に見える。一矢報いたらどうだ?」


「ふふ、それには及びませんよ。しないのではなく、する価値も時間もありませんので」


 クロエと話をしていると、乱闘が始まる前からずっと沈黙を貫き続けていたレアが腕を組んだまま不機嫌そうに鼻を鳴らして輪の中心へと入ってきた。


「ハイハイ、仲良しさんはよくわかりましたよ。殺し合いの中で友情でも芽生えましたんですかね。

 それで、結局今日は何しに集まったんですか? お友達とお話にでも来たんですか?」

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