黄金蠱毒 第六十六話
クロエを仰向けに寝かせて、杖を右鎖骨の下辺りから左脇腹辺りに来るように置いた。
こいつはほぼ敵だが、死んでしまえと言うわけにはいかない。それどころか、今のクロエは抑止力だ。
本来彼女は俺たちを捕まえるべきなのだが、目的を果たす為に必要なので彼女個人の判断で守っているのだ。
故に死ぬわけにはいかず、それでいて本部に連絡さえできない。
上司が上司なだけに、何が何でもいなければいけないクロエの状況には憐れみすら感じる。
クソが。さっさと生き返ってそこの上司に一矢報いやがれ。何なら今のお前みたいな状態にしてやれ。
怨みがましくシバサキを睨みつけることしか出来なかったが、まずはクロエの救命処置を済ませることにした。
色々なものを複雑に感じながらも、雷鳴系の魔法を唱えて杖の中間を思い切り叩いた。
バンッと分厚い革を叩きつけるような短い音と共にクロエはびくりと仰け反ったので、左の顎下辺りの首筋を三本指で押さえ頸動脈に触れた。
すると、微かに指先に周期的な振動が伝わってきた。脈がとれたので治癒魔法をかけ始めた。
重傷なのでしっかりかけてやらなければいけない。しかし、確実な死は回避出来たので一度顔を上げて酒場廃屋を見回し戦う者たちの様子を窺った。
埃と騒音を巻き上げて乱闘乱闘大乱闘だ。
その中ではどうしても浮いているように見えるシバサキは相変わらず戦いの中に無理矢理入り込もうとしては弾かれてを繰り返している。
突然戦いの渦から距離を取ったかと思うと上半身と両腕を前に突き出して、今度は闇雲にベルカにタックルをし始めた。しかし、ベルカには寸で出で躱されていた。
ベルカは通り過ぎざまにシバサキの腕を引っ張ると、ブルゼイ・ストリカザを奮い突き刺さんと切っ先を前やや下向きで構えていたムーバリに向けて盾にした。
仲間を突き刺すことはないだろうと思ったのだろう。
しかし、ムーバリは不敵に笑い出すとシバサキの右脇腹やや中心寄りに容赦なく突き刺したのだ。
シバサキは槍が刺さると同時に、飲み損なった息を苦しげに吐き出すような声を上げて、小刻みに震えだした。
刺さった位置はおそらく肝臓のど真ん中だ。すぐさま大量の血が槍を伝って床に散り、立ちこめた鉄臭い霧に鼻の奥が熱くなった。
ベルカは目を見開き、無表情になった。顔にあったそれまでの余裕の表情が吹き飛んだのだ。
予想外の攻撃だったようで、シバサキを突き抜けてきた槍を間一髪で避けた。その回避行動はいつもの曲芸ようなの動きではなく、とにかく避けることだけに集中していたので滑らかな動きではなかった。
彼は槍が突き抜けて自身に刺さりそうになったことよりも、ムーバリの容赦の無い攻撃に驚いている。
「うわっ、オイ! おまっ、人をなんだと思ってんだよ! こいつァ仲間じゃねぇのか!? 盾にしてんのにブッ刺すなんてありえねぇぞ!?」
盾を貫かれたが、切っ先を間一髪回避したベルカは大きく後ろに後退った。
「生憎、その人は理屈は知りませんが不死身でしてね。壊されても壊れない無敵の盾ってのは使い勝手がいいのです。
全員バラバラとか言っておきながら、こういう戦法は有効なんですね!」
ムーバリはさらに力を込めて手首を捻り、ブルゼイ・ストリカザに回転をかけるようにして突き刺した。
槍の半分がシバサキの身体を突き抜けると、シバサキの身体を縫うように回り込み、そして、突き抜けた先の血塗れの柄を掴むと思い切り引き抜いてさらにベルカに切っ先を向けた。
薄暗がりで赤黒く光るブルゼイ・ストリカザは大きく振るわれると、べっとりとまだ生暖かそうに流れ出た鮮血が空中に弧を描き辺りに点々と血をまき散らした。
ムーバリはその血でベルカの顔を狙い、目潰しにするつもりだったようだ。しかし、ベルカはシャシュカを回して飛んできた血を全て払い落としてしまった。
ムーバリはそれでも止まることはなく「残念!」と自らの手に付いていた血をブルゼイ・ストリカザに伸ばすように擦り付けて乾かし、低く構えて足を止めることなく真っ直ぐ突き立てた。
それを待ち受けるかのようにベルカはすぐさまシャシュカを握り直し、そして、狂い無く向かって来た槍の切っ先を受け流した。




