黄金蠱毒 第六十五話
真っ直ぐ狙われていたカミュの鳩尾に鎌の刃が真っ直ぐ向かっていく。そのままではやがて突き刺さり、身体を貫かれてしまう。
しかし、「今はタイマンはってるワケじゃないんだよ! ババァの方を忘れんな!」と声がするとストレルカの膝は突然ぐらりと崩れ、鎌の切っ先は大きくぶれた。
ストレルカの足元にはジューリアさんが潜んでいて、低く屈み込んだ身体から右足を伸ばし折り曲げた左足を軸に身体を回してストレルカの膝裏を狙うように薙ぎ払っていた。
カミュが上から大ぶりをしてわざと隙を与え、そこに意識が集まり死角となったストレルカの足をジューリアさんがかけたのだ。
ストレルカは鎌を回して背中越しに石打を床に突き刺し、前腕が膨らむほどに腕に力を込めて柄を握り倒れていく身体を支えた。
両膝を曲げてバネのように縮こまった後に勢いを付けて足を伸ばし、落ちてくるカミュの拳を足の裏で受けた。
そして、掴んだ柄を軸にして身体を回して勢いを殺して、両足を地にしっかりと着けて立ち上がると鎌を床から引き抜き柄を両手で持ち上げた。
自分の身体の周りを這わせるように大きく回しカミュとジューリアさんを近づかせまいと牽制した。
僅かに出来た隙にカミュは飛び退きジューリアさんの横に並ぶと、再び拳を振り上げてストレルカに向かって突進し始めた。
戦う者たちを差し置いて、俺はいつもの黒い球を練り上げていた。
これさえ放てれば、ベルカとストレルカは防御手段は知らないので失神させられる。
その黒い球は本来は威力も伴う危険な魔法であり、急がなければと焦ってしまうと音と眩しさだけに調整するのが難しいのだ。
だが、ムーバリがベルカを、カミュとジューリアさんがストレルカを押さえ込んでいる。三人に報いる為にも集中しなければいけない。
ムーバリは失神覚悟なのだろうか。戦闘中にいつ魔法を放つかは伝えることが出来ない。出来たとしても、それは充分隙になる。
ならば俺がアイツに合わせるしかない。槍とシャシュカで競り合い撃ちあった後にベルカは半歩分ほど後ずさるので僅かに距離が出来る。そのタイミングで俺がアイツを呼べば、おそらく。
我関せずと高みの見物のユリナとウィンストン、レアは耳を塞ぎ、口を開けてあーと声を上げている。後は俺が放つ直前に目をつぶるだけだ。
クソ、戦いに参加していないからって呑気な仕草を見せやがって。
だが、あと少し。もう少し。
「イズミさん、避けなさい!」
突然レアの声が響いた。ふと顔を上げると、顔に血がぽたりと滴った。生暖かさになんだと思うまもなく黒い何かが降ってきた。
詠唱を中断してそれを受け止めると、それはクロエだったのだ。何が起きたのかと混乱しているとシバサキの声が聞こえてきた。
「おい、ふざけるな! また僕を気絶させて、その間に話を勝手に進めるつもりだろう! 僕の言うことがそんんなに聞きたくないのか! 二度と喰らわないぞ!」
床に低い姿勢になり頭を抱えながら俺を指さして怒鳴っている。
どうやらシバサキは、俺の魔法を中断させるためにクロエを投げつけてきたようだ。
それからもシバサキは何かを喚いていたが、戦いの喧噪でほとんどは聞こえなかった。
部下に何をするのかと言いたいところだが、自分以外の物扱いは昔からだ。やりかねない。
怪我したり最悪死んだりしたらそれはそれでお前が悪いと言い張る。今は無視だ。
クロエの様子を窺うと、非常に危険な状態になっていた。
ユリナに殴り続けられてすでに虫の息だったクロエにとって、投げ飛ばされたことで受けた衝撃が致命的なものになってしまったようだ。
意識は完全に失われていて、胸部に動きが全くないのに顎は先ほどよりもしゃくるように動き続けている。
これはもう完全に死戦期呼吸だ。
もう少し放っておいても大丈夫だと思ったが、さすがにこれ以上放置してしまうと死んでしまう。
クロエを無視して音響閃光威嚇魔法を唱え続けるわけにはいかないので、彼女に治癒魔法をかけることを優先した。
だが、まずその前に心臓を動かさなければ。




