黄金蠱毒 第六十四話
前のめりに倒れていくベルカに向けて、ジューリアさんは鼻面を狙い刈り上げるような右アッパーを放った。
しかし、ベルカは倒れていく身体を僅かばかり右に傾け、ジューリアさんの右拳を右前腕で受け流した。
そして、倒れていく最中に持っていたシャシュカを手からするりと放すと真下にいるカミュの顔をめがけて落とし、アッパーを受けた右腕の勢いを殺す様に身体を左に捻った。
カミュが顔に向かって落ちてくるシャシュカを避けるためにベルカの股下をくぐり抜けると、ベルカは彼女の髪をかするほどの位置で床に右手をつき、身体を屈ませた。
さらにジューリアさんの顎を蹴り上げようとしているのか膝を曲げて真下へと滑り込んだ。
オトガイを踵で狙われると悟ったジューリアさんはアッパーを振り抜いてすぐさま仰け反りそのままバク転をして後方に下がった。
すぐさま空気の破裂するような音がすると、ジューリアさんの唇をベルカの踵がかすめると血が飛び散り、勢いで切れた前髪がはらはらと宙を舞う。
ベルカは蹴り上げた勢いを利用して飛ぶように立ち上がり、床に刺さっていたシャシュカの柄頭の飾りを掴んで引き抜くと、右手首を返して大げさに振り回した。
「最高だぜ! 強い女は大好きだぜ! 両手に大輪のバラとはありがてェ!」
興奮したように鼻息を思い切り吐き出し、腰を落として再びシャシュカを構えた。
「私の前でバラの話はするんじゃないよ!」
ジューリアさんは切れた唇を拭い血を払うと、すぐさま拳を握りしめてベルカに向かった。
「金髪はアタシに任せな!」と二人が離れた隙にストレルカはまだ床で転がっているままのカミュめがけて鎌の刃を上に向けて走り寄った。
「カミュ、ジューリアさん! その二人はチームで動く! 戦うんなら引き離せ!」
「うるさいンだよ、黒髪男! 雪山でねんねしてなァ!」
カミュを守ろうと走り出そうとしたが、ストレルカは動きの全てが素早く、詠唱が必要な防御も攻撃も、さらには追いつくことさえも出来ない。
しかし、間に合わないかと思った俺のすぐ横を風が通り抜けた。
「イズミさん、私がフォローします! あなたはいつものあの黒いあれを!」
「うるっせぇ、モンタン! お前に言われなくてもやる! なら時間稼げ!」
ムーバリはちらりと俺を見て笑いかけると、右足を踏み込み「今はムーバリです、よっ!」とカミュとストレルカの間に槍を力強く投げた。
槍は空を切る音を立てて真っ直ぐに飛んでいきストレルカの目の前の床に刺さった。
余韻でしなり木の床を細かく叩いて弦を弾くような音を鳴らし、ここは通さぬとしらしら不気味に輝いている。
その槍に動きを阻まれたストレルカは舌打ちをすると、右足首を内転させて床を擦り砂埃を上げた。
だが、止まらずに大鎌を前方に回して右足を軸に身体を回転させて体勢を整えた。
「ムーバリ・ヒュランデル! 職務とは言え私を捕まえたあなたを許しはしないが、今のは恩に着る!」
ストレルカが再び動きだすよりも早くカミュは床に刺さった槍に手をかけて勢いを付けて立ち上がり、槍をバネのようにして高く、天井に手が届きそうなほどに飛び上がった。
そして、ストレルカめがけて拳を握り、右腕を肩よりも後ろに構えた。
しかし、落下の勢いが合わさった強烈な一撃があわや繰り出されようとした、そのときだ。
ストレルカはチャンスだとばかりに大声を上げて笑い出し「空中は隙だらけなンだぜ! 金髪一名ご退場ォ!」と大鎌を頭の上を振り回したのだ。
やや大げさな動きの後、柄の中間を左脇で挟み込むように持ち刃部を上に向けて右足を踏み込むと、カミュを迎え撃とうと腰を落として構えた。