黄金蠱毒 第六十三話
シバサキはムーバリの足首を大きく振り回して二人組のいない方の窓側へと向かって投げ飛ばした。
どうやら建物の外まで投げたかったようだが、力が及ばずに放物線はすぐに頂点を迎えて窓には届かず、さらに狙いも悪く窓枠横の壁に向かって飛んでいった。
ベルカは飛んでいくムーバリを横目に「やべぇ槍を遠ざけてくれてありがとよ、見知らぬオッサン!」と突きを繰り出そうとして右肩を後方に下げた。
ムーバリは空中で身体を器用に捻り、足と手を地面に付けてすぐに体勢を立て直し、壁を足で蹴ると俺の横に飛んできた。
ムーバリの姿勢が整ったので、俺は再び二人を分けるように間を狙って魔法を打ち始めた。
「支柱司長殿、部下を投げるとは最低ですね」
「お前は確かに僕の部下だったが信用ならん! この泥棒めが。今ここでクビだ、クビ! それよりもイズミ! おい!」
シバサキは突然二人組と俺の間に視界と魔法の射程を塞ぐように立ちはだかると、「バカタレが! 速く僕に杖を渡すんだ! 間に合わなくなるぞ!」と言い出したのだ。
「貸すわけねぇだろうが馬鹿野郎!」
俺は即答した。わけの分からない命令に焦りと混乱を抑えきれず、言葉を選ぶ余裕も既に無くなっていたので、思い切り言い返してしまった。
すると、顔を真っ赤にして、
「上司に向かって馬鹿とはなんだ! 僕が馬鹿ならお前はなんだ! 速く杖寄越せ!」
と喚くと俺の右腕に掴みかかり、人差し指や親指をつまみ上げて掌をこじ開けて杖を奪おうとしてきた。
だが今、それどころではない。無視して俺は再び魔法を唱え始めた。
杖も奪われてはたまったものではない。俺は杖がなければ不死身勇者のシバサキ以上のただの足手まといだ。
呪文は不完全だったが少しばかり強い火の玉を出すには充分だったので、杖先に触れている手に構わずに火の玉を放ちシバサキごと吹き飛ばした。
シバサキと俺が杖の争奪をしている間に、壁際を走っていたベルカとストレルカは向きを変えていた。
やがてストレルカはベルカの右後ろにずれ、前に出たベルカは視線を鋭くしてシャシュカの刃に手を添えて光らせた。
そして、勢いを上げてシバサキに向かっていった。突きを繰り出すように進むと、まるで糸で繋がれているかのようにシバサキの喉へ真っ直ぐ向かっていったのだ。
しかし、あと一歩、目をつぶり両手を顔の前に突き出していたシバサキの喉を切り裂く、その寸で刃はピタリと止まった。
それまで見ているだけだったカミュが白刃両手で止めたのだ。
ベルカの刃は止まったがその勢いは衰えず、風が通り抜けているかのようにカミュの結われた髪を大きく揺らした。
「よくやった。素晴らしいぞ、ミカちゃん! 後で褒美をやろう!」
シバサキは腕を組むとうむうむと頷いている。
しかし、カミュとベルカはそれにも構うそうぶりを見せることなく、肉が震え、剣の金属がちりちりと細かな音を立てる中でお互いに視線をぶつけ合い口角を上げた。
「どこの誰か知らないが、切りつけたくないぜ、美人さん。ミカちゃんてのは、アンタか? 美人の名前は忘れないぜ」
「なんと素晴らしい剣。私たちの叩き潰すようなツヴァイハンダーとは違って、触れれば骨まで断たれてしまいそうです」
「白刃取りってのはぁ剣使いにゃ隙になるが、生憎オレぁ武器だけが取り柄じゃねぇ。掌に気をつけな
!」
ベルカは挟まれたシャシュカを引きぬこうと身体を引いた。しかし、カミュはその動きに合わせて僅かに重心を前に移動した。
「痛いのは嫌ですが、これも仕事なんです、よっ!」
そして、剣を両手で挟んだまま、両足を前に出しベルカの股の間に滑り込むように屈んだ。
「それから、気持ちの悪い呼び方を覚えないでください。私はカミーユです!」と吐き捨てるように言うと、滑り込む勢いを乗せるようにベルカの足をかけた。
思いがけない攻撃にベルカは足を掬われて前のめりになった。
そこへ「いいねぇ、姫騎士ィ!」と女性の声がすると、鉄球のような拳がベルカめがけて飛んでいった。
カミュの後ろではジューリアさんが拳を構えていたのだ。
「剣がなくても坊ちゃまを任せるに値するゥッ!」というジューリアさんの怒号が響くと、すぐさま「黙れ、番犬! 誇りは剣ごときに宿るものではない! そして、私は騎士ではないと何度も!」とカミュの言い返す声が下の方から聞こえた。