黄金蠱毒 第五十九話
ムーバリは、落ち着けとは言ったが警戒は怠るな、というメッセージを俺が受け取ったことを察したのか、杖から手を放した。
そして、ベルカ同様に攻撃の意思はないと両掌を広げて内側を見せるようにすると「ベルカさん、ストレルカさん。お久しぶりですね。あなた方もお元気そうで」と語りかけた。
「この間キレてた白髪のネーチャンはいねェのか? またイキッて当たりもしねェ銃振り回してもいいんだぜ? 今度こそ相手しやンよ」
ストレルカがそう尋ね返すと、ムーバリは「彼女は怪我をしてしまって、北公軍からは離れましたよ」と糸目で微笑み一歩一歩近づきはじめた。
間合いに近づかれたことに警戒して二人は構えると思ったが、武器には触れずそれどころか身体を微動だにもしなかった。
しかし、明らかに殺気は放たれた。
言葉をどこかに置いてきたかのように静まりかえらせて表情をなくし、不用意に近づけば攻撃するという意思が動かない身体からまるで見えているかのように放たれている。
そこへと容赦なく進んでいくムーバリの背中に俺は語りかけた。
「おい待てよ、お前も攻撃されたんだろ? 何でそんなに冷静でいられるんだよ」
「確かに、私も彼らとはノルデンヴィズの裏通りで一戦交えましたね。ですが、実はその後にも一度会っているのですよ」
「それは聞いていないな。会ったってことは戦ってないのか。ノルデンヴィズの例のカフェで仲良くコーヒーでも飲んだのか?」
「はっはっは。いえいえ。ご報告が遅れてしまいました。彼らと遭遇したときに、実は私はこの黄金探しに協力しないかと打診しました。コーヒーでもあればもっと平和的だったでしょうね」
「なんだと? ふざけんなよ? セシリアをあんな目に遭わせたヤツらだぞ。そんなのは認められない。今日ここに呼んだのはまさかお前か? 返事でも聞くのか?」
「いえ、違います。残念なことに、その場で既に断られていますよ。ここのことは、少なくとも私は何も伝えていません」
ムーバリは二人の殺気の作り出す領域の一歩手前で止まった。そして、大胆にも視線を外し、ユリナの方をちらりと見たのだ。
しかし、二人は動くことはなかった。攻撃などしないというのはムーバリには分かっていたのだ。
では、この二人を呼んだのはユリナなのか。
俺は視線を逸らすことに抵抗があったが、恐る恐るユリナの方を見た。
だが、ユリナは相変わらず余裕の表情で、誰だこいつら、と興味なさげな他人の顔をしている。
「どうやら今日招集をかけたご本人も何も知らない様子ですね。私かあなたか、それ以外の誰かが尾けられていたのでしょう」
ムーバリがそう言うと、「とぼけんじゃないよ」とストレルカが鼻で笑った。
「軍楽隊さんよ、アンタ、アタシらに尾けられていることぐらい知っててわざと」と言いかける途中で突然と表情が厳しくなった。
「なんだ、なんだ、お前らは! 部外者は出ていって貰おうか!」と全てをかき分けてムーバリよりも前にシバサキが躍り出てきたのだ。