黄金蠱毒 第五十六話
「肝心なときに、こいつはいつもこれだ。なんか、もう笑っちゃうくらいだよ。
でも、イズミも悪いんだよ? 気が利かないよねぇ、ホンット。治癒魔法とか、何かショボいヤツ使えるんでしょ?
もっとさぁ、周りの状況見て判断してさ、気づかれないうちにタイミング見計らってこの女にさっさと治癒魔法かけてやらなきゃ。話が進まなくて時間がもったいないじゃないか。
言われたことしかやらないと、いつまで経っても馬鹿のままだよ? 現状さぁ、言われたことすら、なンに一つ出来てないってのに。
あぁ、もう、ホンットに使えないんだから……」
眉間に皺を寄せて仕方ないヤツを蔑むような顔をして俺を見ているシバサキの言葉に混乱してしまった。
俺は今連盟政府のお尋ね者で、要するに半ば敵対していると考えていいわけで、そして、今ここで今際の際を彷徨っているクロエという女は連盟政府の諜報部員であり、俺に対して恩赦を出して手を貸している。
犯罪者に秘密裡に手を貸しているのはクロエ自身の判断で、諜報部は関係が無いはず。
だが、現場にはその諜報部のトップがいて、本来俺を捕まえろとクロエに指示を出すはずの立場の人間が、犯罪者である俺に気配りを要求する……?
あれ? 俺はどうすればいいのだ?
確かにクロエにはすぐにでも治癒魔法をかけてやりたいところだが、シバサキが飽きて帰るまでは堪えて貰うつもりだった。
しかし、シバサキは今すぐかけて当然のように言っている。
捕まえるべき犯罪者による治癒魔法によって諜報部員を助けてもらう――それも諜報部のトップの目の前で――という行為は、組織のトップというか組織そのもののとしてのメンツはどうなる? 本当にかけていいのか?
クロエに善意で治癒魔法をかけるのは構わないが、かけたらかけたで後になってメンツがどうのこうのとキレるのは他でもないシバサキなのではないか?
だが、混乱し始めているのは俺だけでない様なのだ。
黙って様子を覗っていたはずのレアとカミュは次第に表情を変えて沈黙ではない何かを顔に浮かべ始め、ムーバリは首筋を擦りながら俺とシバサキを交互に見始めて、あれだけ怒鳴り散らしていたユリナでさえも口を開けて間の抜けた顔になり始めている。
誰もが違和感を覚え始め、話を聞くことに対するそわそわとしたむず痒さを堪えることに必死になり始めた様子にシバサキも気がついたようで、言葉を選ぶようになり視線をぐるぐると回し始めた。
そして、えぇ、あぁ、と何か話すことを探しているようにぼろぼろと口からこぼした後、
「とにかく、僕のしていることは素晴らしいことなんだぞ!
お前たちは何でそうやって喧嘩ばかりして、協力し合わないんだ!
手を取り合えば黄金なんかすぐに見つけられるんだぞ! 何をしているんだ!」
と勢いで誤魔化すために再び怒鳴り始めた。
「イズミは嘘つきだから当てにならない。ユリナは暴力的で話が出来ない。クロエは益体無し。裏切り者は裏切り者だし……。
これだけ揃っておいて、まともなのは僕しかいないじゃないか! こんな状態で黄金なんか本当に見つけられるのか?
僕だっていつまでも待っていられないんだぞ?」
「失礼。よろしいですか?」
シバサキの説教を聞きに酒場廃屋に集まったわけではないことにムーバリが痺れを切らした様子で、鼻から息を吸い込むと一歩前に出て話を始めた。
「一応、手は取り合っている、はずなのですがね」




