黄金蠱毒 第五十三話
そちらを見ると、シバサキは痛みを堪えるように両目を手で押さえ、胎児のように身体を丸めて地面をゴロゴロと転がっていた。
指の隙間から見えた顔には、下眼瞼から頬を伝うように血の痕がついている。
しかし、すぐさまのたうち回るのを止めると荒い呼吸をして全身を震わせながらゆっくり立ち上がった。
そして、血混じり涙を目尻に浮かべながらユリナを指さし、「証拠が残るぞ!」と怒鳴った。
だが、ユリナは何も言わずに血の滴る左手ちらりと見ると、その手を思い切り振り払い付いていた血を飛ばして床の上に一直線の赤い点を連ねた。
すぐさま彼女のやや右後ろに移動してきたウィンストンからハンカチを受け取ると手を拭き始めた。
「は? お前、どうせすぐ傷治るんだろ? 怪我をしたって証拠どこにあるんだよ。私らしっかり見えてんじゃねぇか。
眼球を潰されたって言ってみろ。今お前の顔についてる目玉は何だってきかれるだけだぞ。
治癒魔法は眼球やら中枢神経系やらの高分化した組織の再生が可能なレベルまでは達してねぇだろ。
潰れたモンどっから拾ってきたか笑われて終わりだ」
拭いている手を見ながら興味なさそうに言うと、受け取るように差し出されていたウィンストンの両手に落とすようにハンカチを返した。
「こ、ここにいる全員が証人だ。お前が僕をぶん殴って、目玉を潰したっていうのは、ここにいる全員が証人だ!」
シバサキはまだ痛みの残る様子の目に血混じりの涙をため、眉間や目尻に皺を寄せて手で押さえながらふらついた足で二、三歩下がった。
傍にあったテーブルに左手で寄りかかるようにして体重を預けると、顔を上げて酒場廃屋を見回し、右手を顔から放し払うような仕草を見せながらその場にいた全員を指さした。
彼の指先には、ユリナ、ニタニタと口角を上げて見ているジューリアさん、受け取ったハンカチを汚染物と書かれた袋に入れるウィンストン、困った顔で頭を掻くムーバリ、無関心無表情で微動だにしないレア、背景と同化しているカミュ、意識レベルが三桁目前のクロエ、そしてオロオロと二人のやりとりを見るだけの俺。
シバサキは全員の顔を見ると残念そうな顔になり、首を素早く左右に回して再び全員の顔を見た。
薄暗がりの廃屋全体が静まりかえると、クロエの辛そうな咳の音だけが二、三度小さく響いた。
目はもう治ったのか、そして、冷たい反応を向けられて自分の中の熱が下がったのか、背筋を伸ばして一度咳払いをすると、
「い、いや、大丈夫だ。僕は昔の部下のイズミを信じているよ。厳しくあたったが、あれは必要な教育だった。
だからこそ、今ここで僕と同じステージに立てている。そうだよな、イズミ?」
と俺の方へ話を振ってきたのだ。