黄金蠱毒 第五十二話
シバサキは血走った目でもがきながらユリナを見ている。次第に顔から耳まで赤くなり、額に筋を浮かべ始めると、何かを言おうとしているのか首元のユリナの腕を叩き始めた。
ユリナは叩かれるとシバサキを睨め付けたが、「おっとぉ」というと両眉を上げた。
「このままじゃしゃべれねぇよな、悪ぃ悪ぃ。答えられない状態のヤツに質問するほど私は嗜虐的じゃあねぇよ。
しかし、息は出来ないがいつまで経っても死ねねぇってのはつれぇなぁ。はっは。それはそれでも割と良いかもな。
で、返事はイエスでいいのか? まぁ、いま私が訊いてることはイエスかハイかで答えられることじゃねぇんだけどな」
シバサキが声を出せるようにするために首元の手を少しだけ緩め、
「改めて問うぜ? 優しい私から今度はイエスかハイかで答えられること聞いてやるよ。
万が一、しゃべれなきゃ首を縦に振るか、上下に動かすだけでもいいんだぜ?」
とさらに高く持ち上げた。
「お前は邪魔しかできない。このままじゃぁ、いつまでも見つけられない。
これからも黄金探しの仲間に入れて欲しければ、一切何にもするんじゃねぇ。出ッ来るッかなぁ?」
「アレは元々僕のだぞ!? 持ち主が探すのを手伝ってあげるのが何が悪いんだよ!? な、なんで僕がお前なんかに! 下品なだけのお前なんかに従わなきゃいけないんがはっ!?」
シバサキは僅かに緩められた襟首の隙間から息を精一杯吸い込み声をだした。返答を聞いたユリナは眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
「ごちゃごちゃうるせぇ。いちいちいらつく発言に噛みつかせるな。何にもしねぇかって訊いてんだ。イエスかハイかで答えろ」
「じゃあハイハイ、とりあえずハイハイ。イエスって言っときゃいいんだろ!?」
ユリナはシバサキの返答を聞くとにっこり笑った。
「世の中には信用しちゃいけないポジティブな言葉がある」
そして右手を離した。
「それはだな」
すると、右手から解き放たれたシバサキは肩から崩れるように落ちていった。
「すぐに返ってくる『ごめんなさい』と『わかりました』あんだよッ!」
ユリナはそう怒鳴った後、「目ェェ潰しィーッ!」と雄叫びを上げシバサキの両目に左手の人差し指と中指をまるでダーツのように突っ込んだのだ。
同時に柔らかく煮た卵を押しつぶすような音がした。
シバサキの身体を支えているのはユリナの左手だけになり、眼窩は自らの重みで指の第二関節辺りまで飲み込んでいく。
「脊髄反射でするのは自分に最も有利なことだけなんだよ! 反省とか了承とか理解とか、そういうのは一切ねぇんだよ!」
さらにタチの悪いことに、ユリナはさらに手首をねじるように返してぐりぐりと奥へ奥へと押し込んでいった。
目潰しというよりも、もはや眼球潰しと言ったほうがいいかもしれない。
ただでさえ声の大きいシバサキは「あ」とも「い」とも聞こえるような強烈な悲鳴を上げて、眼窩を引っかけていたユリナの左手を払おうと空中を泳ぐように手足をばたつかせた。
俺はまるで自分の目玉に、神経を直接触られたときの電流とは違う痺れるあの痛みが走るような気がして目を背けてしまった。
ユリナがシバサキを投げ捨てたのだろう。聞いたこともないどこから出したかも分からないような痛烈な悲鳴の後に地面に落ちる音がした。