黄金蠱毒 第五十一話
「な、なんだよ!? ぼ、僕は貴族だぞ! 領主だぞ! 実力で領地名付き貴族姓と雅名を手に入れたんだ!
それも首都に一番近いブリーリゾンを与えられている。 それの意味が分からないワケ無いよな?
それだけじゃない! 異例の出世スピードで十三采領弁務官理事会に入ったんだぞ! 僕を殺せば連盟政府の兵士が、民衆が、大挙なして押し掛けるぞ!」
シバサキは再び後退ってユリナから距離を取ると、首を下げ手を前に出し及び腰になった。
しかし、ユリナは距離を取らせまいとにじり寄った。
「偉大なお名前はリョウタロウ・ホウケイチ○チン・フォン・シバサキ・トゥ・ブリーブリウ○コだったか? だからぁんだ?
生憎、共和国に貴族はもういねぇんだよ。私が入った頃にゃすでに絶滅種だったから何一つ知らねぇンだよ!
ったく、口にするのも汚ぇ名前しやがってよォ。小学生かよ!」
だすんだすんとシバサキに近づくにつれて足音は大きくなっていく。
ついに壁際に追いやられたシバサキは大きくなっていく足音に合わせて縮こまるように肩をすくめた。
「違う! リョウタロウ・エンデスオステン・フォン・シバサキ・トゥ・ブリーリゾンだ!
お前だってことあるごとに下品な言葉ばかりじゃないか!
僕はなぁ、お前と違って大人で、こんな名前を貰えるほどにみんなから慕われているんだぞ!
な、殴ってみろ、連盟政府中が挙ってお前を責め立てるぞ!」
「よく噛まずにそれだけ早口で言えるな。さすがだぜ。
それによぉ、この間からしこたま殴ってんじゃねぇか。今さら一も億も同じだぜろ。
文句あるならそこなクソ眼鏡のお仲間にフォローさせりゃ良いんだよ。お前の部下だろ?」
ユリナはシバサキの目の前に立ちはだかると、カッと右掌を全開にした。
そして、肘を曲げて肩より後ろで掌を構えると同時に、まるで剛速球でも投げるかのように右手を前に出し、シバサキの襟首を鷲掴みにした。
「クソ箱様はホントに襟首持ち上げられんの好きだよなァ」
襟の飾りを握りしめると今にも引き裂けてしまいそうなほどにぎりぎりと音を立てた。
重力に逆らいシバサキの足がゆらりと浮くと、つま先は地面を求めて下を向きバタ足のように暴れている。
「よかったなァ。共和国が連盟政府とまだ一応和平交渉中ってことになってて。
そこまで言うほど連盟政府でお偉いさんなら、亡命政府の件について意識がある内に臓物ブチ撒けるまで問い詰めてぇところだがそうもいかねぇんだよ。
国際問題もそうだが、私は非公式な場であんたとまともにお話しできるような気がしないんでなァ……。
聞く前に顎骨粉砕してしゃべれねぇようにしてから嬲り殺しちまう。
ん? お前、死なねぇんだったか。舌骨で窒息繰り返しちまうか」
ユリナは首を傾けながら口角を上げ、光のない目でシバサキを覗き込んでいる。
「私は優しいからなぁ。頭の良い貴族様でも簡単に答えられるように二択にしてやる。
臭ぇ口閉じて手負いのクソ眼鏡と黙って私らに従うか、私が飽きるまでテメェの折れた舌骨で窒息繰り返すか、よく考えて選びな。
こちとらテメェをここで使いモンにならなくして、眼鏡の遺体とコンクリ詰めのお前をブリーリゾンの入り口のゲートにぶら下げて差し上げて連盟政府に宣戦布告でもかまわねぇんだよ」
相手が死ぬことはないとは言え、さすがにまずいのではないだろうかと思い、俺は助けを求めるようにジューリアさんやウィンストンの方を向いてしまった。
しかし、二人とも止めに入る様子を見せない。眉色一つ変えず、さらには瞬きさえせずに、その素振りすら見せていない。
俺が割って入ったところでユリナに左手で弾かれて終わりだ。