黄金蠱毒 第五十話
シバサキは当たり前のことを言うなと眉を寄せてユリナを見ている。
ユリナはその反応を見ると顎を引いて一度目をつぶり、口をほぅーと鳴らした。
「なるほどなぁ、諜報部員なら当たり前、か。
いざとなればどこで死んじまっても構わないってことだよな?
それにお前、クソ眼鏡の上司だよな? つまり、お前も諜報部員だってことだよな?」
「そ、そうだぞ? だから何かあるのか?」
「じゃ、お前も当然これを持ってるんだよな? で、いざとなれば」と言いながら首元で親指を切った。
その仕草を見たシバサキは悲しげな顔を浮かべて、
「何で僕がそんなのを持ってなきゃいけないんだよ! そんな簡単に死ねって言うのか!? この人外が! そんなことして許されるわけが無い! 命を何だと思ってるんだ!」
と怒鳴ったのだ。
何かがおかしくないか、とは思ったものの、この男は何を言ってもおかしくない。昔からそうだ。
彼に主張の一貫性を求めてはいけないことを思い出すまでの刹那、思考停止に陥ったのは俺だけではないようだ。ユリナも両眉を上げて動きが止まっている。
しかし、二、三秒ほど硬直した後、「あ、うん」と左右を見た。
赤い魔石をピンと親指で弾いた。宙を舞ったそれを目で追いながら掌でつかみ取り、「そりゃそうか。ま、そうだよな」とブツブツぼやきながら小刻みに頷き始めた。
「相変わらずお話してると頭痛くなるぜ。
ごちゃごちゃ言い返しても堂々巡りだし、とりあえず無視して進めるぞ。
まぁ要するに、お前みたいなヘタレが使えるわけ無いよなぁって話だ」
シバサキはすぐさま「ヘタレ? イズミなら向こうだぞ?」と言い返した。
しかし、ユリナは無視をして掌の上で赤い玉を転がしている。
そして、顎を動かして、
「こいつもよぉ、いざとなりゃ石っころ握らせて無理矢理発動させりゃよかったんだよ。なぁ?
おたくの方でピーコラ言われても、機密が漏れそうで自害しましたってことにすりゃいいんだ。
諜報部員のくせに逡巡創だらけのみっともねぇ遺体ならくれてやる。喜んでなァ」
とクロエを見下ろした。
顔を上げて再びシバサキを睨め付けると「でもよぉ」と言いながら魔石を人差し指と親指で摘まみながらシバサキの顔に近づけた。
シバサキは歯をむき出しに嫌悪を露わにして近づけられた魔石から首と顔を背けている。
「クロエはこれで死んじまうのは分かってんだよ。普通の人間だから。
だが、お前は不思議なことに、何しても死なないんだよな。こいつを使って死ねたかどうかは知らねぇが」
ユリナはそう言いながら、顔を背けるシバサキの頬に食い込んで奥歯に当たるほどに魔石を押しつけた。
しかし、突然親指と人差し指を放し、その小さな赤い魔石を床に落とした。
「これからこいつがお前にとって最後の希望だったことを思い知らせてやる」
そして、ビー玉がぶつかり合うような硬く弾ける音を立てて二、三度床で跳ねた魔石を追うように足を大きく上げたかと思うや否や、その足を踵から思い切り踏み下ろし魔石を潰したのだ。
小さな魔石はよく乾いた小枝を踏むような音を立てて割れると、一度だけ強い光を放って帯びていた魔力を失い光を失った。
ユリナが魔石を踏みつけた床は割れた粉を中心に放射状に焦げ付き、仄かな煙を上げている。自害用の魔石に込められている魔法は炎熱系なのだろう。
ユリナはその煙さえも踏みつけるかのように足首を二、三度ねじった。
「自分で死にたくなるほど痛めつけて絶望刻みつけてやるよ! 甚振り甲斐のあるその不死の身体になぁ!」
両手拳を強くぱんとぶつけると両手を前に掲げ、前傾姿勢になりシバサキにさらに詰め寄った。