黄金蠱毒 第四十九話
ユリナは足をどけると、足の甲を身体の下に入れて持ち上げるようにして再びクロエを思い切り蹴り飛ばした。
クロエは二、三メートルほど転がると床板に赤黒い血の跡を残してシバサキの足下で止まった。
うつ伏せになった彼女の肩は震えながらゆっくり大きく上下している。残る力を振り絞り必死で息をしているようだ。
ユリナはクロエが転がって出来た血の痕を踏みしめるようにしながら、「オイ、クソ詰めマッチ箱。お前、こいつの上司だろ? 盗って来いってのはテメェの指示か?」と今度はシバサキに詰め寄っていった。
シバサキは足下のクロエとユリナを素早く交互に見つめた。そして、引きつった笑顔を作ると、首を左右に振りながら掌を天井に向けた。
「ぼ、僕は確かに彼女の上司だよ。でも、知らないなぁ。僕の指示じゃないなぁ。クロエが勝手にやったんだろうね」
裏返った声を振るわせながら答えた。だが、返答を聞くつもりもないユリナは足先をシバサキに向け一歩前に出た。
「そうだよな。お前みたいな上司がまともな指示なんかだせねぇのはよくわかる。
こいつら下っ端の努力で連盟の秘密が成り立ってんだよな。
だがなぁ、誰の指示とか独断とかは関係ねぇよ。テメェが上司なら腹くくれや!」
「う、うわ、く、来るな! こっちに来るな!
部下が勝手にやったことで何で僕が殴られなきゃいけないんだ!
い、いや、そうだ。これは、これはお前のせいだ! お前が悪いんだぞ!
そうやって人が欲しがりそうな物を自慢げに見せびらかしてるお前たちが悪いんだ! そんな物は盗まれても仕方が無い!
クロエは連盟政府の人間だ! ちょっと道具を盗もうとしたことなんて比較にならないほどの国際問題だ! 大問題になるぞ!
それだけじゃない。僕はお前が実は人間だってことを共和国のエルフどもに言えばお前なんかひとたまりもないぞ!」
シバサキはユリナと距離を取ろうと廃屋の壁の方へと後退ったが、倒れていた椅子に足をかけて尻をついた。さらに尻をついたままさらに後ずさりをした。
それを逃すまいとユリナは、もはや意識がなくなりつつあるクロエを跨ぎ、さらにシバサキの方へと近づいていった。
右手の指を開いては閉じ、そのたび関節を弾けさせるような音を繰り返したて、ゆっくり一歩ずつ向かっている。
「そういやクソマッチ箱様も私らが共和国のエルフだってのは知ってたな?
このクソ眼鏡の耳を潰しといて良かったぜ。今は何言っても聞こえてねぇもんな。
そういえばよぉ、そのクソ眼鏡のポッケにいいモン入ってたんだよ」
ユリナは一度立ち止まると、ポケットの中に手を入れて赤い小さな魔石を取り出した。人差し指と親指でつまみ上げると、「これ何か分かるか?」とシバサキに見せつけた。
「バカにするな。わからないはずがないだろ。自殺用のマジックアイテムだ。スパイなんだからそれくらい持ってて当たり前だろ?」




