黄金蠱毒 第四十八話
ユリナが首を傾げて睨み上げると同時にクロエの体内を通り抜けるような衝撃が貫いた。容赦ない拳がクロエの浮いた身体を大きく震わせる。
力なく放り出されていた足は衝撃の余韻で前方に大きく上がり、振り子のように後ろに反った後、ゆらゆらと揺れた。
ぶぅえっと体内から空気が押し出されたような苦しそうな声が上がると、血混じりに泡立つ唾がはきだされ床に広く飛び散った。
「連盟政府様に貸し出し許可した覚えはねぇよ。なぁ?
つか言わなくても人のモン盗んだらダメってカーチャンに言われなかったか?
ムーバリと違ってスラム育ちの卑屈さがねぇからどうせ良いトコの嬢ちゃんなんだろ? それともテメェのカーチャンもクズなのか、あァ?」
ユリナの問いかけにクロエは血だらけの口を精一杯に動かしながら「がっ、ぶふっ……。私は連盟政府のために……」とかすれた声で答えた。
それからも何かを言おうとぱくぱくと動いていた口を見たユリナは、再びクロエのみぞおちへと筋が浮かぶ拳をうずめた。
そして耳を引っ張り、そこへ顔を思い切り近づけると、
「泥ッ棒さんのォォォ耳はァァッよォォォ! ここであってんのかァァァあああァァ? よぉぉぉそろぉぉぉ聞こえるかぁぁぁ! 耳にゲロ詰まってんのかァァァ! 質問にィィィャ答えろやァァァ!」
と大声を上げた。
窓ガラスを揺らし俺たちにまでびりびりと響くようなその声に鼓膜を貫かれたクロエはさすがに堪えたのか、苦悶の表情を浮かべている。
「お、おい、ユリナ、何があったんだよ? やり過ぎじゃないか?」
ユリナは舌打ちをすると掴んでいた右手を大きく動かし、クロエを思い切りうつ伏せに投げ捨てた。
「私らが持ってきた機材を盗み出そうとしやがったんだ」
手に残った黒い髪の毛を舌打ちをしながら払った。そして、その場にいたメンツを見回すと、鼻から息を吸い込んだ。
「私らの持ち込んだ破砕機やら銃やら、基地に忍び込んで盗もうとしてたんだよ。このクソ眼鏡がな」
二度も繰り返すほどに彼女の怒りは凄まじい。未遂で終わったようだが、腹が納まらないようだ。
ユリナは言葉の勢いをそのままに、床に転がるクロエをつま先蹴り仰向けにさせて喉笛を思い切り踏みつけ二、三度躙った。
すでに虫の息のクロエは踏まれると同時に、声も出せずに身体を大きくよじらせた。
そして、気道を押さえ付けられて滞ってしまった空気を求めるように喉を動かし、苦しそうなひゅーひゅーと音を鳴らし始めた。
喉の上に置かれた足をどかそうとしているのか、手を動かそうとしている。しかし、力が出せず弱々しく喉を掻くような仕草を見せている。膝も浮き本当に苦しそうだ。
「なぁに、殺しゃしねぇよ、まだな。
それによォ鼓膜なんてのは再生すんだろ? この世界にゃステキで便利な治癒魔法なんてのもあるしなぁ。治癒魔法で治せる範囲ぎりぎりまでしか痛めつけねぇよ。
まぁせぇぜぇ風呂で耳ン中に水が入んねぇよう気を付けて暮らすんだな、クソ眼鏡。
あぁ……聞こえちゃいねぇか……。耳がイっちまってるからなぁ」