黄金蠱毒 第四十七話
目の前を通過していった黒い塊とシバサキに遅れて、金具を軋ませて揺れているドアの枠に外の光の中から誰かの手がぬるりと伸びてきた。
どうやら黒い何かを放り込んだ者が入ってくるようだ。
「お、やっとこの場にツラを出しやがったな、ムーバリ。だが、今日用事があるのはお前じゃねぇ」
靴の裏に付いた砂を躙りつぶすようにじゃりりと不穏にならし、廃屋の敷居を跨いだのはユリナだった。
だが、常に口角は上がり首を僅かに傾けさせている自信に溢れたいつもの様子とは違い、額に青筋を浮かべ歯をむき出しにしている。これまで見たことのないほどの不機嫌を呈している。
ドア脇にいたムーバリの姿を見つけて開口一番にそう言ったが、興味なさそうに通り過ぎていった。
「なんだ、ユリナかよ、驚かせんな」
俺は声をかけたがユリナはちらりとこちらを一瞥して顎を前に突き出す仕草を見せるだけだった。
彼女は何も言わずに廃屋の奥へと進み、投げ込んだ黒い塊とそれに押しつぶされてもがいているシバサキのもとへと真っ直ぐ向かった。
そして、足下に転がる黒布とシバサキを見下ろすようになると首を傾けて眉間に皺を寄せた。
「オイ、クソ眼鏡。お前、ナメ腐ってんだろ。誰が持ち出していいっつったんだ、あ?」
投げ込まれてシバサキの上に覆い被さっている黒いぼろきれを再び掴み上げると高く持ち上げた。そして、ぼろきれをまたしても地面にたたき付けるように放り投げた。
だがそれはぼろきれにしては重さがあるようで、ずんと床に低い音が響いた。
その音に混じり、呼吸をぐっと飲み込んでしまったときに出るような声の混じった音が聞こえた。
よく見ればもぞもぞとうごめいており、どうやら布の塊ではなく何かの死にかけの生き物、それも人間であるようだった。
ユリナが再び乱暴に足で転がすと、黒い布で覆われていないところが露わになった。
それはどうやらクロエのようだ。眼鏡をかけているが、レンズにはひびが入り、つるは折れ曲がり、鼻だけでささえているのか傾いていて今にも取れそうだ。酷い有様である。
ユリナは舌打ちを繰り返しながら屈み込みしゃくりあげるようにクロエを見下ろした後、今度はクロエの髪を掴み上げて素早く立ち上がった。
クロエの足が地から離れ、ゆらゆらと揺れている。これまでどれほど殴り続けたのだろうか。ぶら下がるクロエの目や頬は腫れあがり紫色になり、口や鼻から血を垂れ流している。
髪を引っ張られる痛みはあるはずだが、抵抗する様子が見えない。
聖なる虹の橋の任務時に着ているという上質の布地で織られた漆黒のローブは所々破けてほつれ、乾いた土と血で固まった泥にまみれて哀れなまでに斑になっている。




