表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

862/1860

黄金蠱毒 第四十五話

「お待たせしました。だいぶ遅れてしまったのですが……、幸いにもまだ全員揃ってはいないようですね」


 ムーバリが相変わらずの糸目の笑顔で現れたのだ。


「商会の方に、先史遺構調査財団の方、おや、これはこれは、カミーユ・ヴィトーさん、お久しぶりですね。元気そうで何よりですよ。またしても剣はお持ちではないのですね」


 カミュは北公分離直前にムーバリに捕縛され、ノルデンヴィズ南部戦線の移動式簡易牢獄で監禁されていた。

 アニエスの配慮もあり他の囚人たちに比べれば幾分まともな環境で監禁されていたが、お世辞にも衛生状態が良いとは言えないような所だった。

 表だった反応こそ見せはしないものの、白々しい芝居がかった笑顔と当てつけのような言い方でカミュの感情を逆撫でてしまったようだ。

 質の悪いどす黒く渦巻く嫌悪が水の底から浮かび上がる脂滴ように彼女の肩や頭から湧き上がり、空気をさらに悪化させた。

 しかし、ムーバリはそれも構わず丁寧にドアを閉めた。


 とはいえ、居場所がなく強烈な気迫に酒場廃屋から押し出されてしまうのではないかと思うほど戸惑っていたところにタイミング良くムーバリは現れてくれた。

 さらにこの男はいつも通りの表情をしていたので、少しだけ救われたような気がした。


「どうしたのですか、イズミさん。入り口でぼんやり突っ立っていては邪魔ですよ?」


 そう言いながら肩を叩き、退けるようにそっと力を込めてきた。

 その手の動きに合わせて俺が右にずれると、肩越しに酒場全体を見回した。

 すると、ああ、と何かに納得したかのような反応を見せた。


「ただ気まずい、と言うよりも険悪というのはまさに。

 しかし、招集をかけたユリナさんご本人の姿が見当たらないのですが?

 それから、クロエさんもいらっしゃると伺ったのですが」


 やや薄暗がりの中で牽制し合うように待ち構えていた四人を見回しながらそう尋ねたが、誰からの返答も得られなかった。

 そして、最後に困ったように俺を見てきた。


「……俺を見られても困るんだが」


 俺はとりあえずドア横に唯一残されたギスギスとした空気の当たらないスペースにムーバリと共に移動した。

 ムーバリもぎらぎらと目を光らせている先客たちが待ち構えている奥には入りづらいようだ。


 どうも、と小さく言うと左右をチラチラと見回して「今日は中佐とお嬢さんはいないのですか?」と尋ねてきた。

 今日は二人は連れてきていない。俺一人でここに来たのだ。


「呼べるわけないだろ。この間あんなことがあったってのに」


 シバサキによるセシリア誘拐事件のことだ。

 運良く居合わせたクロエのおかげでわずか十分足らずで解決したが、セシリアにはショックが大きい出来事だ。

 ユリナの寄越した連絡内容ではシバサキも顔を出すようだった。セシリアはまだ幼く身体も弱いので、原因からは出来る限り遠ざけたい。


「あんなこと?」


 だが、ムーバリはそのことを分かっていない様子だ。小首をかしげて尋ね返してきた。


 しかし、それと同時にドアがドンと力強く蹴られたかのような音が響いたのだ。

 敵襲かと俺は腰から杖を抜きドアの方へと構えた。構えたのは俺だけでなく、隣にいたムーバリも背中の槍に手を伸ばし、長く切り裂くような金属を磨ぐ音をあげてゆっくり前に持ち上げた。

 奥の暗闇でぎらついていた者たちも、とある者は杖を、ある者は武器を、ある者は拳を握り、そこにいた全員が一斉に腰を落として構えたのである。


 空気が張り詰める中、緊張の糸をさらに引くように続けて二回ほど蹴るような、先ほどよりも強い音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ