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強欲な取引 最終話

 不完全にノブが回され、下がり切らないラッチが壁をひっかく音と共に落ち着き無く開けられたドアの隙間から、思った通り今度はポルッカ・ラーヌヤルヴィが顔を覗かせた。


 なるほど。だからユリナさんは――。


 部屋に入ってきた彼女は痛ましい姿をしていた。


 灰色の北公の軍服を着ているが、左腕は肩から指の先まで一塊になるほどに包帯が巻かれて「く」の字の固定され、軍服から覗く上半身の素肌はほとんど包帯で隠され、出ているのは顔ぐらいだ。

 その頬と額にさえも絆創膏が貼られている。


 首でその石膏の固まりを釣り支えているのがとても重そうだ。首に巻かれた包帯が擦れてほつれている。

 受けた外傷はだいぶ大きく、治癒魔法のみでの完治は無理だったのだろう。

 だが、痛みからではない相変わらずの気難しそうな顔をしている。


「商会のレアだな。今の話は全て聞かせて貰った」


 彼女が最初に放った言葉は力強く、傷病者特有の治癒まで長く続く引き摺るような重い痛みによる疲労感が声にはなかった。およそ大怪我をした直後の人間とは思えない。


「北公のポルッカ・ラーヌヤルヴィ下佐ですか。会話の立ち会いはあなただったのですね」


「そうだ。第三者機関としての役割だ。そう言う約束なんだろう?」


 彼女はイズミさんの提案には否定的だった。「くだらない」とまでは言わなかったが、眉間が刹那にひくつくなどで顔にそのまま出ている。


「話は終わっています。わざわざ入ってくるというのは、何かあるようですね。ご用件は何ですか?」


 ポルッカに尋ねると、彼女は両眉を上げた後に左手を少しだけ持ち上げて見せつけてきた。


「私は負けた。だが、証拠は残らない。銃が暴発したのだ。暴発だ」


「どうやら、そのようですね」


 ポルッカ・ラーヌヤルヴィは先史遺構調査財団であるゲンズブール財団の私兵と決闘を行った末に負傷。という何重もの嘘の上に、さらにポルッカの銃が暴発しただけという嘘をさらに塗り重ねて決着が付いた一悶着があった。

 ポルッカは典型的なまでに頑固な北公の軍人であり、自らの矜持がそれを許さないかと思いきや、意外にも受け容れているようだ。

 確かに、ジューリアさんは私が見ても強者であり、打ち負かした相手にすら尊敬されるのはわかる。


 垢抜けた、というよりもその決闘によって自らの中の何かが成長して落ち着きを得たかのような顔をしているポルッカは、鼻から息を吸い込むと動かせる範囲で首を動かし部屋の中を見回した。

 そして、窓の外を見ると眩しさに目を細めた。


「それにしてもクライナ・シーニャトチカは晴れが多いな。晴ればかりでは曇りばかりのイングマールが懐かしい」


「あなたの腕の様子ではとても晴れているとは思えませんが? その手では傘も持てませんね」


「雨も何も、土砂降りだな」と左手を見るような仕草をしながら「おまけに“ナイト・ズラードヒェン”まで来ているとはまさか思わなかった」と言ったのだ。


 あえてその言葉を選んだポルッカの意図がどういうものであるか、私はすぐに理解した。


「……確かに私たちには想定外でしたね」


 だが、些か予想外でもあったので返答に間を開けてしまった。

 ポルッカは相変わらず目を細めて外を見たままである。


「だが、そういう雨も私は好きだ」


「戦士に降る雨は敵にも味方にも平等。止む気配はありますか?」


「ああ、もう止んだ。私は時期に傘の外に出る」


「そうですか。お大事になさってください。傘が必要とあらばお売りいたしますよ。あなたに一番ぴったりの新しい物を。つかの間の晴れはすぐ雪に変わりますよ」


「そうさせてもらう。潰れた利き手(ひだりて)でも持てる物をな。目的のために左腕をミーミルのイズミに捧げたわけではない。さて、私は戦地を離れる準備に戻るとする」


「お大事に」


 私は見送りの言葉を投げかけた。しかし、ポルッカはすぐにはドアへと向かわなかった。

 しばらく私を見つめた後、視線を左右に動かした。右手で右腰に付いた杖の柄に触れて、二回ほど人差し指で先端を叩くと、何かを思い出したかのように口を開いた。


「ああ、そうだ。お気に入りの銀時計が壊れてしまった。ステキな物を一つ新調しようかと思う。売ってもらえないかね、心優しき商人よ?」


「北公の銀時計は槍のようなデザインの秒針が特徴的ですね」


「その秒針が折れてしまった。また正しく動くものが欲しい。さしあたり、私がノルデンヴィズに戻る頃に新調しようかと思う」


「かしこまりました。復帰祝いに向けた素敵な一品をご用意いたしましょう。ポルッカ・ラーヌヤルヴィ下佐、いえ、ミス・ラーヌヤルヴィ」

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