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弓兵さんはバズりたい 最終話

「センパイ、もしかして連れ戻しに来たんスか?」


少しにらみつけるようになっている。


「まぁね。あのおっさんに俺が連れて帰って来いって言われてて。それを言い訳に俺はサボり」


 突然の本題に鼓動が高鳴り、図らずもそれを誤魔化すためにふざけた雰囲気を演出しようとしてしまった。

しかし、それを聞いたカトウの視線は鋭くなった。


「オレ、戻んないッスよ」


 それはそうだろうな。俺もカトウの立場なら、戻らない。言い方、表情、その一言でわかる。カトウの意志は固い。


 俺は何しに来たのか、思い出そうとした。目的はカトウと話をする。

 つまり、連れ戻すとも、このまま辞めさせるともはっきりさせていなかった。


 俺はカトウに新しい道を進んでほしいと思っていた。そのときまでは。

 だが、本当にいいのか、といつかと同じようなわだかまりがまた大きくなり始めていた。あの雪山の時、辞めようとしていたのは自分自身だった。しかし、今回は自分の話ではない。若く未来の可能性も俺よりもはるかに持つカトウのことなのだ。俺が選んだ選択肢をカトウが信じて進み、もしそれでだめになってしまったら、そう考えるとそのわだかまりは俺の足をつかんでくる。

 とりあえず会って話をする。そんないい加減な気持ちでここに来ていたのだ。


 窓からぱらぱらと雨が通りを打つ音がする。



 とりあえず相手と話してくればいい。話始めればどこかの方向へ落ち着く。

 これは悩んでいる人間に第三者がよく言う常套句だ。自信にあふれ胸を叩くように、そしてどこか力強く。なぜそんなことが簡単に言えるのか。それを言った人間は当事者間で『何を』話すのかを考慮していないからだ。

 だが、当事者はその言葉に根拠のない勇気を与えられ、何も考えずに意気揚々と話に行って、結局中途半端な状態になってしまうのがよくあるパターンなのだ。

 後々、そうなってしまったと報告すると、なぜ何も考えておかなかったのか、と眉を顰められるのだ。

 そしてそこから先は君の努力次第だとまとめられてしまい、第三者はただの第三者へと戻っていく。


 行って来い、といったあの二人を責めているわけではない。俺自身がこれまで第三者として自信に満ちた顔でそれを言ったとき、当事者間で何を話すのかを考えたこともないし、話をした後は当事者の努力次第と考えていたからだ。口には出さないがその根本にあったのは、まぁ自分は関係ないし、という思考があったからだ。


 まさに三人の間に沈黙が生まれ、そうなりつつある。




「正直なところ」乾いていしまうそうな口を俺は開いた。


「俺も連れ戻す気はないから」


 カトウの顔は相変わらず険しいままだ。しかし、気のせいか先ほどより強張りが取れたような気がした。


「無責任なことを言うかもしれない。上司として失格かもしれない。でも、無理にあそこで弓兵を続けているより、キッチンに立って料理をしているほうがいいと俺は思う。あくまで俺の意見だよ」


 あくまで、と予防線を張りながら言った。その瞬間、カトウは下を向いた。


「なんなんスか……。先輩」


 上ずった声をしている。


「アキくん、大丈夫?」


 覗き込むアルエットの呼びかけに下を向いたまま、首を縦に振った。


「なんなんスか。マジで……」


 わずかなうめき声の後、言葉を繰り返した。いったい何が遅かったのか、もう手遅れなのか、俺の鼓動がずれたリズムを打った。カトウは勢いよく顔を上げた。その目は輝いていた。


「オレ、ずっと、ずっと不安だったッス。あの件からサボり続けて先輩にも嫌われたんじゃないかと思って。本当ならオレから会いに行くべきだったのかもしれないッス。でも、どうしてもシバサキに会いたくなくていけなかったッス。もしかしたら、会いに来てくれるかもしれないって、センパイ任せにしてたッス。日が経つにつれてどんどん行きづらくなって、それでこのまま放ったらかしにしちゃおうと思ってたッス。ごめんなさい。さっき会ってからも、実はシバサキに言われていやいや来たんじゃないかと思って本当は怖かったッス」


 聞き取りづらい声で彼は言った。会いづらかったのはお互い様だったようだ。来るかもしれないと俺も期待して待ち続け、結果的にお互いの不安を煽っていたので、会いに来なかったカトウを責められる立場ではない。


「いやいやなわけはないよ。ただ、ここへ来ることへは抵抗があったよ。俺も申し訳ない。このまま時間に解決させてしまおうとしてた。教育係のくせに最悪だな。ははは。どうするのがカトウくんにとって最良なのか、わからなかった。料理人として生きてほしいってのはあくまで俺の願いだけだと思っていて、それが本当にいいのか、アドバイスできなかった」


 それを聞いてカトウは少し前かがみなった。膝の上の手をテーブルに乗せた。


「センパイ、言ってたじゃないッスか。どれだけ選択肢を与えても選んで進むのは自分自身だって。だからオレは料理人の道を選んだッス。これはオレの責任ッス。大人なんてみんな考えてるようで実は無責任に未来をあてがおうとするじゃないッスか。顔だけ心配して相談に乗ったふりして、いざ間違えてたらそれは自分の人生だって。自己責任だとかいう言葉でまとめて。自分に向けて言うならまだしも、そんな言葉人に向かって言っていい言葉じゃないッス!でも、センパイはオレの人生について本気で向き合ってくれたじゃないッスか」


 一呼吸置いた後、


「こんなこと言えた義理じゃないッスけど、自信持ってください。オレたちのリーダーはセンパイだけなんス」


 とカトウは言った。言ってくれた。



 情けないよな。毎回チームメンバーに言われて初めてリーダーだと自覚する自分が。


 辞めてしまう彼にさえそれを言わせてしまった。

 もう資格や素質の問題ではない。宿命なのだな。自分の考えに自信を持ってみようか。いや、持たなければいけない。

 背もたれに寄りかかり窓の外を見る。雨は少し弱まったようだ。



「わかった」


 ゆっくり大きく息を吸い込んだ。そのとき俺がわかったのは、カトウの思いだけではなく、俺自身がどうするべきなのかだろう。雪山の一件で悩んだあのときに、あの女神に何を言われたのか。チームを辞めろと言われた。

 それは冷たい言葉ではなく、俺が苦しまなくてもいいようと思いやりのあるものだった。やりたいことのないそのとき俺と違って、カトウにはやりたいことがある。ならばそれを後押しすればいい。



「こっちのほうがあってるよ。カトウくんには。毎日充実してるでしょ?」

「そうッス、ね。オレもそのつもりッス!」


 つらそうな表情をしていたカトウの表情は一変して、えくぼが見えた。見たことがないほどいい笑顔だった。それからは何も言わずに目を細めて笑っている。わずかに白い歯が臨んだ。

 話し合いの最中、何も言わなかった隣のアルエットも不安だったのだろう。またカトウがシバサキのチームに戻ってしまうのではないかという心配から解放されたのか、目を潤ませながら微笑んでいる。


 俺はカトウがうらやましい。適性があって、自分に向いていることを見つけられて、そしてこれからがある。


 話し合いは終わったのだ。結論も出た。

 正しくは、すでに出ていた結論をはっきりさせた。あとは手続きさえすればもう終わりだ。これで俺たちの繋がりも終わり、ではない。ある意味ここが始まりなのではないだろうか。

 教育係と部下という縦の繋がりではなくなり、友人や知人という横の繋がりとしての関係が始まる。それはお互いに気を使わなくてもいいという自由な間柄で、その一方で日々を共に過ごさず個々の分かれた世界をもつという遠い間柄だ。さみしいといえばそうなのだが、それで彼の歩みも俺自身の歩みも止めてはいけない。



 しばらく、俺たちは世間話をしていた。味噌汁を作れと執拗に迫ったり、アンネリが心配していた話をしたり、取り留めのない話を延々とした。怒ったり照れたりするカトウをアルエットは嬉しそうに眺めていた。

 栗色ショートの子が気を利かせて、コーヒーを三人分用意してくれた。そこにオーナーが現れて、俺は、しかるべき手続きののち正式に彼をウミツバメ亭に就職させると報告した。以前問答無用でぶん殴ってきたオーナーだが、その時は話を聞き入れ快諾してくれた。


そして昼もだいぶ過ぎてそろそろ忙しくなる時間になり俺は帰ることにした。


「おっさんにはテキトーに言っとく。手続きもやっとく。頑張れよ。ま、実はもうチームも形が無いような状態なんだけどね」


 それを聞いてカトウは目を丸くした。


「えっ、どういうことッスか?」


 これ以上彼をシバサキチームのゴタゴタに巻き込むわけにはいかない。もうチームメンバーではないのだから。


「いろいろあったってこと。あ、これ渡しとく。二人分の招待状」


 俺はカトウにある招待状を渡した。そして席で会計を済ませて立ち上がった。


「たまに、来てもいいか?」


 恥ずかしいので目を合わせなくていいように背中を向けながら、俺はカトウに聞いてみた。


 ちらりと横眼で彼を見ると時々見せてきた生意気な笑顔で応えた。


「ししし、センパイなら歓迎ッス! 今度カノジョ連れてきてくださいよ!」

「うっせ。俺はいいんだよ!」



 そういえばアルエットとはどうなの、なんてのは野暮だな。


 ドアを開けると雨季の晴れ間が差し込み、まぶしさに目がくらんだ。

 久しぶりの、本当に久しぶりの日差しで、手で視界を覆ってしまうのは勿体ないような。


 気まぐれに顔を出した太陽はもう真夏の日差しで、雨水で濡れた街を乾かして虹をかけている。

 二人は並んで俺をいつまでも見送ってくれた。俺が角を曲がって見えなくなるまで。ずっと。

読んでいただきありがとうございました。

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