強欲な取引 第三十三話
またしても心臓が止まりそうなほど引きつった。一体それのどこがいい話というのだ。
ヴィトー金融協会は次世代の覇者をルカスに定めようとしているとでもいうのか。
カミュとはしばしば会うが、その件を口にしたことは一度たりともない。彼女は知らないのか、それとも黙っているのか。
「知らねぇってツラしてるな。そりゃそうだろうな。お友達の金髪ゴリラ女剣士も知らない」
「なぜですか? 彼女は頭取の庶子ではない娘の一人。後妻の子ですが優秀で、その能力を買われて銀行業務にも深く携わっています。知らないと言い切れる方が怪しいです」
「金ゴリはダチなんだろ。疑うなよ。あいつぁ知らない。
協会の役員どもが決めたのはだいぶ前だろうが、私らがユニオンから情報を具体的に教えられたのは最近だ。
このところ、あいつが本部から離れてクライナ・シーニャトチカを黄金探しだつって彷徨いてんのは、お前さんらに漏れるのを少しでも遅くする為なんだよ。
よく考えろ。あいつが性格的に黙ってられるか? 漏らさない為には知らない方が確実だろ?
面子立ての人質だの何だのと、御託を並べたところで結局自分らの都合だけなんだよ。
で、制度的には共和国の形式を模倣する予定だそうだ。共和国でも取引が出来るようにするためらしい。
これまで協会はユニオン“寄り”だったが、いざ取引が始まれば共和国という莫大な資金が動くことになり、ユニオンの市場どころか、共和国の市場にも本格的に参入することになる」
おそらく、取引市場の拡大により三機関での立場を向上させる目論見があるのは間違いない。
だが、共和国という途方もない経済圏への参入となると、もはや三機関ではバランスが取れないほどの規模になる。
――ヴィトー金融協会が覇者に定めようとしているのはルカスではなく、その先、協会自らがなろうとしているのだ。
商会も連盟政府も、全て無視した独断での覇権獲得。
協会が権力を欲するのは、三機関での立場をおとしめた私たちの責任であることは間違いない。
確かに覇者は存在すれば良い。だが、人間の世界だけでなくエルフの世界にもその手を伸ばすのはまだ時期尚早だ。
覇者に飼い慣らされその存在を無意識に享受してきた人間たちとは違い、皇帝という目に見える絶対的存在による支配から市民のものへと政治を変えた独自の統治論を持つエルフたちは、覇者による無意識からの支配を、無意識の底から拒絶する。
それは覇者が人間であることに対してではなく、覇者と言う存在そのものへの“何か分からないが底知れない嫌悪感”という拒絶だ。
「でさ、ルカスのおっさんが証券取引をグラントルアでもできるようにして欲しいってシロークにちょくちょく会ってるらしいぞ。
今後作られるユニオン新通貨と共和国で行われている証券取引をつなげるのが目的だそうだ。
提案したのはルカスで、シロークはそれには乗り気だ。おっさんの意向をマゼルソンが知らないはずも無い。
そして、残す長官は私だけ。シロークはどうしてもやりたいらしくて、今まさに私の顔色覗ってんのよ。
私には今のところ反対する理由がない。
いずれにせよ、ギンセンカの乙女たちとアホウドリたち、それから共和国の関係性は強化待ったなしだな。
ルカスのおっさんもマゼルソンのジジイもシロークも、最近グラントルアに出入りしているヤシマとか言ううさんくさい日本人に何か吹き込まれたんだろうな。
商会はのんびりしていていいのかい?」
ヤシマさんか。野良勇者たちとは違って目立つことは特にしなかったので、移動魔法の件で危険視されるまで野放しにしていたのは商会の過ちだ。
移動魔法にばかり目が行っていたが、彼の実力を見くびっていた様だ。
「ユニオンはマルタンの亡命政府への対応で忙殺されているはず。それなのに何処にそのような余裕があるのですか」
「それなぁ。私らも混乱気味ではある。
だが、マルタン戦線も冷え切ってるから、占拠されてる割りに住民も普段通りに生活してるそうだ。
おたくとカルデロンが必死こいて物資を競うように密輸してんのは見てて滑稽だわ。
あそこも亡命政府でてんてこ舞いってワケでもないそうだぜ?」