強欲な取引 第三十二話
「和平はときに人を呆けさせ、新たな争いを呼び込む。
少なくともこの世界の歴史では戦争してる時期の方が長いんだぜ?
理想は掲げる物。例えその手の中になくとも、誰もが祈る偶像はそびえ立つ。我らはそれを高らかに掲げる者。
我らを信じる者は救われる。信じぬ者も救ってみせよう。偶像崩れば祈りが足らぬ。祈れ、祈れ、張り子の理想に。
やがて思考は変化する。そして和平も変化する。
時代精神は変化を絶やすことはない。ガイストは停滞を嫌うからな。ときには争いこそ和平だとも。
私は共和国市民のための和平派であって、さらにおたくらの言葉を使えば非戦派じゃないんでね」
ユリナさんはタバコをローテーブルに押しつけて消すとハンドバッグから携帯灰皿を出した。
「こんなことチョロイズミの前では口が裂けても言えねぇなぁ。
あいつは非殺な上に、理想をリソーで済まそうとしないリソー主義者だからなぁ。出来るモンならやって見せろと言いたいとこだ。
安心しろよ。いきなりドンパチおっぱじめたりはしねぇから。少なくともエルフの意識は進歩しつつあるんだ。
エルフよりも文明化したと自称する人間サマに聞く長い耳があるならば、まずは話し合うさ。今みたいにな」
タバコを投げるようにそこに放り込むと、わざと音を立ててその蓋を閉じた。蓋を開けたままのハンドバッグに灰皿を投げ入れようとしたが、外れてしまった。
ありゃ、と声を漏らすと灰皿を持ち上げてハンドバッグに丁寧にしまった。そして、ソファに深く腰掛けると足を組んだ。
そして、私が前屈みになり額や顔を擦ったり目を押さえたりしているのを見ると、少しばかりやり過ぎたことを申し訳なく思ったのか、「あぁ、まぁ、なんだ。そこまで落ち込むなよ」と首筋を擦りながら視線をあちこちに投げた。
「そう気に病むなって。じゃ、快く商談を受けてくれた礼に良いこと教えてやるよ。
ユニオンでおたくの商売敵のカルデロン・デ・コメルティオがついに金融機関を新設したらしいな。ユニオン初のユニオン内企業による銀行。国営ではない中央銀行だそうだ。
で、中央銀行創設に伴って、そこが主体となって近々証券取引を始めるらしい。
キューディラによるタイムラグの無い同時性を利用してユニオン各地の支店を繋いで日々変動するお金をコントロールしたいそうだ。
私はカネがありすぎて金融の知識はないからその程度しかわからん。
もちろん、今や亡命政府でお馴染みのマルタンにも支店を作る予定があるらしい」
「中央銀行創設については既に情報を掴んでいます。
ユニオンのやろうとしている株式については、現行連盟政府で行われている金融取引制度より具体的でなおかつ画期的だと思いますが、キューディラでの国内の金融同期性に関しては連盟政府でも既に行われていますよ」
「まぁそれはそうなんだよ。で、お前さん、知ってるか?
それにヴィトー金融協会が大きく絡んでるって話は」




