強欲な取引 第二十一話
しかし、薬は効果が絶大であればあるほどに、誰にでも等しく有効というわけではなくなる。
ノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンには特効薬かもしれないが、商会にとっては劇薬であり、連盟政府にしてみれば死に至る毒だ。
取引を受けることで、連盟政府内に経済停滞が起こるのだ。
領主の命により硝石の採掘のために雇われていた多くの人員が突如解雇されるので、にわかに引き起こされたバブルが弾けてしまう。
鉱床を持つ自治領は少なくはない。その各地が不況に見舞われることになり、最終的に連盟政府のさらなる弱体化を誘発してしまう。
中間マージンでの利益は無視できないほどに大きいことは間違いがない。
だが、私たち商会が次世代の覇権を見つけられないうちに連盟政府は崩壊し、さらに争いの調停者たる覇者の存在しない空白期間を生み出し争いの長期化を引き起こすことになる。
そうなると、ネガティブな働きかけであり尚且つ私が最も望む回答である取引拒否を選択するしかなくなるのだ。
だが、ユリナさんはそれを認めることはない。私も追い詰められ、受けなければいけないという選択肢以外を選べない状況に置かれている。
しかし、ネガティブな働きかけが全く出来ないという状況ではない。
一概にネガティブな働きかけと言っても、ただ単にノーを突きつけるだけが唯一の方法ではないからだ。
イエスと首を縦に振りながらも、そこへ実行が極めて困難になるような条件をぶつけることもその一つと言える。
今ここで、私が受けたふりをしてそれを妨害するような条件をぶつければ、やがてユリナさんは引かざるを得なくなるかもしれないのだ。
“双子座の金床計画”で立ち上げた魔石密輸の為のダミー会社である、アルヘナ・コープはまだ共和国内には登記が残っている。
そして、連盟政府側のワサト・メイジ・カンパニーも私が個人的に更新手続きを繰り返していたので商会の登記には残っていて、政府にも解散したとは報告していない。
どちらも選挙後も極少量の魔石密輸を細々と続けており、大企業の非合法な秘密事業に使う為のユニオン経由ではない非正規の魔石を安価で安定的に仕入れる会社であると、主義思想に隔たり無く業界での顔は何かと広い。
それらを使えば、商会の名前を直接出さずに共和国の企業へ働きかけることは可能である。その際に働きかける企業を現政権と円満ではないプロメサ系共和主義者の武器製造企業にすればいいのだ。
ここで私が共和国の企業勢力図を知らないふりをして、条件の中で依頼してくれと指定した武器製造企業が偶然にもプロメサ系共和主義者だったということを装えば、あるいはユリナさんは引くかもしれないのだ。
“商会は共和国軍部省長官との取引を前向きに受けたが、取引する過程ので由々しき理由によって取引を中止せざるを得なくなってしまった。”
このように商会があくまで前向きであったことを強調しさえすれば、共和国側も安易に私たちを悪役には出来ないはずだ。
私は散々拒否しようとしたが、取引が決まるというのであれば積極的になり取引を絶対成功させようと意気込みを見せれば良い。
もちろん本気で、だ。ありとあらゆることを共和国にとって都合が良いように動かしていく。
ただ一点、依頼する企業がやや過激で反政府的な思想を持つプロメサ系共和主義者であることを除いて。
共和国のリークは、北公とどこかの自治領が銃と硝石を直接交換しようと画策していたというものになり、私たちを当事者から抜いた情報へと導かれる。
既に行ったデモに関しても、聖なる虹の橋には北公の銃であり戦利品だったと伝え、誤魔化そうと思えば可能である。硝石については流通量の件で説明の必要は無い。
小さな矛盾は裏切り者捜しに覆い隠されてしまうだろう。
中間マージンは仕方ないが、商会は取引を断ることができ、さらに潰れることもなくなる。
そして、これまで通りの商会と自治領の取引に戻す。
私たちが潰れさえしなければ、裏切り者により引き起こされる内部分裂によって負けるという事態を、あっという間からジリ貧へと導くことは可能だ。その間に覇者を育て上げ、新たな時代へ譲る――。
突発的でよく検証もされていない提案だが、逃げられることのないこの場で出来ることは全て試さなければいけない。私は息を吸い込み口を開いた。
「わかりました。仕方がありません。共和国と取引をします。ですが、条件が」
「ハイ決まりー!」
ユリナさんは勢いよく言葉を返し私の言葉を遮った。両手を伸ばして万歳の姿勢になった後、今度はローテーブルを両手で叩き立ち上がった。
そして、前屈みになり身体を突き出すと、「そいじゃー、よろしくな、レアさん! ステキな取引が出来そうだな! じゃ早速、具体的な話をしようか」と握手を求めて右手を差し出してきた。
このままでは勢いで押し切られてしまう。すかさず私も立ち上がり、「待ってください! 条件が!」と言い返した。
だが、ユリナさんは気にもとめず「中間マージンは」と一方的に話を続けた。
しかし、次の言葉に私は意表を突かれて驚いてしまったのだ。