強欲な取引 第二十話
ユリナさん自体、元は人間でありエルフのヴルムタール家の出身でない。共和国どうのこうと言う以前にその身体に流れる血から全くの無関係である。
シロークさんが優秀なユリナさんを共和国内で違和感なく官職登用する為に、そして妻として迎え入れる為に、彼女にヴルムタールの隠れた子孫であると言う立場を与えたのだ。
今の彼女のアイデンティティーは自らがエルフとして生まれて育ち築き上げてきたものではなく、全て後付けされたものなのだ。
シロークさんがそれを与えたのは、人間の世界に絶望し命辛々逃げ出してきたユリナさんを憐れみ、心の底から愛し幸せにするためだけではない。彼はユリナさんの才覚に気づいていたのだ。
表向きは、落魄れた一族の末裔であるユリナさんを支えたいというシロークさんの優しさから始まったロマンスという美談でまとめられている。
しかし、それは様々な者たちの野心が絡み合った末にできた嘘であり、さらなる嘘で塗り固めた虚像なのだ。
ギンスブルグ家は共和制移行時に潰れることはなかったが、その一方でヴルムタール家は潰えてしまった。
取引もあり良好な関係性もあったヴルムタール家を救済することが出来なかった罪滅ぼしとして、シロークさんは自身で家の再興を支援し、そして、優秀なユリナさんには企業の再興をさせようとしたのである。
家の再興を手伝うという、はっきりとはしていないが寛容にして善良な行いという心に刻まれる実績が、彼の金融省長官選挙においての支持獲得にも一役買ったのは明らかだ。
ユリナさんとヴルムタールは元々全くの無関係であり、共和国は貴族の社会も終焉を迎え、さらに一族経営も過去のシステムになりつつある。
ノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンというヴルムタール家の名前の入った企業を残しさえすればヴルムタールの家と企業の再興を一応にも果たしたと考えられる。
ユリナさんは北公との取引でノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンを大きく成長させた後にヴルムタール家再興の支援者へ全権利を譲渡し円満な形で切り離したいはずなのだ。
長官任期中にダラダラと支援を続けていては惰性の関係性と企業と政府の癒着、再興手腕の是非を問われる。
彼女自身、ヴルムタール家に対して深い思い入れがあるわけでもないのに、足を引っ張る可能性を持つそれは単なる足枷でしかない。
それ故に、早めにノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンを独り立ちさせて、それも自らの業績に加えたいはずなのだ。
私は商人であり、人間にしろエルフにしろ経済が回る様に働きかけることが使命である。
私自身が積極的に介入をしノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンを独立させるというポジティブな働きかけをするというのが、本来するべきことである。
取引を仲介することが出来れば、商会は中間マージンを取ることが出来る。メリットは皆無ではない。
それを実行するにはノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンの成長を確実に促す大事業が必要であり、現時点では――あまり気が進まないがやはり戦争関連が特効薬となる。
しかし、戦争関連事業で確実な業績をもたらすことが可能な方法を思いつかないのだ。
魔術関連は飽和しレッドオーシャン。科学技術関連はブレイクスルーをもたらすほどの発明が必要。どこも市場は既に満席だ。
たった一つを除いて、まさにその“北公の火薬”という確実に今後大量に要求されるであろうものを除いては。