強欲な取引 第十九話
導かれるように私の思考は取引へと向かっている。考えてもいなかった、考えたくもない、最も回避すべき最悪にして唯一残された選択肢を、ついに私は視野に入れ始めてしまったのだ。
そもそも、私は何故アスプルンド零年式二十二口径雷管式銃が共和国に渡るのを拒否しているのか。
数あるその理由の一つとして、最新技術の登場である。これまで最新技術は幾度となく発明されてきた。
例えば、キューディラだ。その登場により情報伝達は瞬時に行われるようになり情報戦という新たな戦場ももたらしたが、現場で兵士として戦える者たちの数には影響が無かった。
しかし、銃という兵器は、これまで圧倒的に有利だった魔法使いとそうでない者たちの差を無くし、同じステージで戦えるようにしてしまった。
結果として戦力は魔法使いの数ではなく、兵士全体の数が物を言うようになった。
そのような兵器の登場はこれまでの歴史に前例が無かったのだ。
それは戦いをより早くより陰惨に変え、争いを止める役割を持つ時代覇者の台頭が追いつかなくなり悲惨な戦いを長引かせてしまう可能性があるからだ。
しかし、よく考えれば銃が出回ってしまった時点で、どの選択肢を選んでもそれは既に回避不可能なのではないだろうか。
有り得ないと思っていた選択肢である渡すことを選択すれば、商会は潰れないという未来が手に入る。まずは生き残りさえすればいい。後はなんとかできる。
確かにそうかもしれないが、選択する理由が「潰れないだけマシ」というのはあまりにも安易なのだ。
ここでもし取引をすれば、アスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式銃は共和国に渡るが、銃その物の増産にはつながらない。
その代わり、アスプルンド零年式二十二口径で最も効率的な火薬の研究がされるだろう。それは北公が連盟政府と戦い続ける間は継続される。これは長期的なものと考えて良い。
しかし、まずは短期的なものとして、北公が可及的速やかに必要としている、北公で現時点で使用されている成分の火薬、特にガンパウダーに限定されたものの増産をすることになる。
ユリナさんが彼女自身の手で作るわけではない。ユリナさんが出来るのはそれを作る依頼を出すことだけだ。
その依頼を受けるのは何処の企業になるのだろうか。
大量だと感じる量は、物量で圧倒的な共和国と土地が豊かではない北公では異なる。だが、これからの世界情勢を鑑みれば共和国にとっても少なくはないはず。
つまり、次々消費される物を遅れずに補うために工場もそれなりの規模でなければいけないはずだ。
共和国において武器生産を行う民間企業は帝政時代からある企業が多い。
長年のノウハウを必要とするので職人気質が強くプロメサ系が多かったが、帝政末期当時はテロに走るなど質が悪かったプロメサ系共和主義者も多い。
メレデントにより共和移行が決定したのを契機に彼らは発言権を強め始め、後にさらに増長する危険性が強かった。
あのメレデントさえも厄介者扱いしており共和制移行時に政府の手によって解体されたり分割されたりした企業も多くないので、現共和国政権と主義主張が一致していても必ずしも円満というわけではない。
火薬は銃以外にも使い道はあるが、共和国での成分とは異なる指定がされた火薬、それもガンパウダーという明らかに兵器利用を目的とした物を急遽大量に作れと言われると誰でも怪しむ。足を掬われる原因にもなりかねない。
和平派を謳う政権が武器増産指示などという、国家を揺るがす機密を任せるにはリスクが高いのだ。
和平派であるユリナさんは先の選挙で武器増産指示を出したという怪文書が出回ったとき、出所もよく分からないようなシロモノにも拘わらずだいぶ追い込まれていた。
一時は和平派の体制まで崩れつつありそうになったほどだ。
そのため、おそらくユリナさんは民間の割合が多い企業に発注はしない。そこで軍部省長官の息がかかった企業へ大量に発注する。
現時点で考えられるのは、選挙後に権利だけの状態から再興されてまだ中小企業規模ではあるが、資金面においてユリナさん自身という強烈なバックアップを持つヴルムタール家の企業、ノヴィー・ヴルムタール・オーツェルンが生産を請け負うことになるだろう。
北公との取引を成功させて対外的企業力を増し、大企業として返り咲こうという目論見もあるのだろう。
ユリナさんはヴルムタール家の娘であり、没落したヴルムタール家の再興を掲げている設定なので、再興はユリナさんが軍部省長官の任期の間での必須課題なのだ。
――その設定は使えるかもしれない。ある案がふと頭の中に思い浮かんだのだ。




