強欲な取引 第十六話
「当たり前です。三機関代表者の一人として来ているので、そのくらいの権限はあります」
「あっそ。すごいな。すごいすごい。で、私の提案への返事は先送りかい? そいつぁ感心できねぇな。
提案を受けないなら受けないで別の話で、もしここでお前さんが結論先延ばしにして出て行ったら、共和国の銃が盗まれたことになっちまうぞ」
「一体どこで話が理解不能なレベルの飛躍をするんですか。何をするつもりかは知りませんが、あなたが関与できるのは共和国内部のメディアまでですよ。
またお話の機会を設けましょう。予定を教えていただければ、私からセッティング致しますよ」
「ンなコト言って、お前ら、自分らの都合が付くまで私をタイムアウトさせるつもりだろ。バレてんだよ。
これはガキの子育てじゃねぇんだ。そんなんされても反省なんざしない。
お互い忙しい身なんだ。話のケリは今ここで決まったこと以外にはねぇンだよ。
最初にも言ったが、大事な話は会議じゃあ決まらねぇ。飲み会か喫煙所とかいう、どうしようもないとこで決まるんだ。
立派なお話の機会なんてのは、結論の出た話にきちんとやりましたって花を添えるだけの張りぼてだ。
ましてやお前らのセッティングする会議なんざ、話し合いですらねぇ。お前らの向けたい方向に無理矢理持ってって首を縦に振らせるだけなんだろ。
じゃ、共和国での盗品の売買に商会が関与しているか否かを尋ねたが、商会は露見を恐れて沈黙を貫いた、というのが事実でいいんだな? 明日の新聞楽しみだな。
最近、連盟政府の諜報部が共和国の新聞を裏ルートで仕入れてるらしいな。頭がボンクラだからか、手足はよく働く。アソコの諜報部は何かと優秀だぜ」
ユリナさんは背もたれに寄りかかると腰を浮かせた。すると尻が前にずり落ちてきた。
両手を背もたれに乗せ、向かい合うソファとソファの間に置かれたローテーブルに足を乗せた。ヒールの踵が落とされると、ガラスにひびが走るような音が聞こえた。
「そんなデタラメ。この話し合いの内容を誰が知っているというのですか?」
「そりゃあねぇ、イズミとの約束で情報は全て共有だからなぁ。今日は商会と先史遺構調査財団の話し合いをすると伝えてある。第三勢力にな。果たして誰が聞いているのやら」
そう言うと天井を向いて右手を口の周りを囲うように付けた。そして、「商会が取引無視するってよー! 北公も反故にされるかもなー! 口先だけで銃パクって、硝石売ってくれねーかもなー!」とわざとらしく大声を上げた。
広い部屋ではなかったが部屋いっぱいに反響した声に私は顔をしかめてしまった。
ユリナさんは自らのした行動の馬鹿馬鹿しさにへっへっへと笑った後、ドアの方に首だけを向けた。咳払いをすると足をテーブルから下ろし前屈みになった。
「逃げて沈黙ってのは便利だが、時と場合による。今ここでの沈黙は悪手、悪手よ。なぁ商会? 戦時の保留は残った命のカウントダウンだぜ?」
膝の上に肘を置き、睨め付けるような上目遣いで凄んできた。
「……不利な方向で話を進めると言うことですね。その余裕、まさかとは思いますが今起きてる諍いも全て貴方の思い描いたとおりですか?」
「馬鹿言うなよ。誰がレームダックと戦争なんかしてぇんだよ。連盟政府がケンカ売ってきたのがたまたまお話の最中だったってだけだろ。
まぁ今戦ってるヤツらは、みんな今私が商会とお話中だってのは知ってるがな。部下には上の所在を明らかにしておいて方が良いだろ。情報共有だろ? 情報共有」
「こんなの、商談ではありません。恫喝ですよ?」
全てユリナさんのシナリオ通りのようだ。
睨みつけて語気を強めて言うと、ユリナさんは「おぅおぅ、ひでぇひでぇ。友達にそんなこと言われるなんて、泣いちまいそうだ」と両手で顔を擦った。顔を上げて手を離すと、再び上目遣いになった。
「別にお前ら介さなくても、私ら共和国が直接北公に接触して火薬取引すりゃ問題ねぇんだよ。
中間マージンブッコ抜かれないからそっちのほうが稼ぎは良いんだがなぁ。
だが、それでもお前さんら商会噛ませてやってんのにひでぇ言い草だぜ」
「信頼していただけているのはありがたいですが、恫喝には屈しません」
「なぁ硬くなるなよ。自分たちが有利になるような土壌を作り上げることのは商談の基本なんだろ?
お前らこれまでどんな状況で取引してきたか、思い出してみろよ。ずっと昔の旧スヴェリア連邦国の話とか、色々なぁ。
商人仲間集めて取り囲んでハイかイエスで答えろみたいなコト迫ったり、家族とか人質に取ったりしまくってたんだろ。
そんなこと言ったら、お前らの仕事は日常からして恫喝と紙一重じゃねぇか。どの面下げて恫喝とか喚くんだよ。
美味しい話を持ってきてやった依頼者の私が終わりだとはまだ言ってねぇんだよ。まだ商談の真っ最中だぜ? 商人なのに気を抜いちゃあダメだ。
なんなら仲間でも呼ぶか? 人質とるか? やって見せろ。地上から人間消してやるよ。次の話合いはいったい誰とすりゃ良いんだろうな」




