表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

838/1860

強欲な取引 第十三話

 商会の和平に対する思想は具体的だ。圧倒的な“時代覇者”の存在による無意識的な支配である。

 逆らうことも憚られる圧倒的な力を持つ組織への帰属意識と、それによって受けられるあらゆる庇護の安定感への依存。

 覇者は商会と共に庇護という壁を広く高く築き上げる。民たちは限られていたとしても縛られることはなく、法の中での『自由』を謳歌できる理想的な社会。


 覇者とは世界の最大勢力のこと。

 現在、私、私に限らず商会全体はまだ連盟政府が最大の顧客である。そして、現在の人間世界の覇者はその連盟政府だ。


 しかし、連盟政府は切り取られ、最大勢力と言うには衰えた。

 覇者は代わりつつあると時代は囁いている。争いの避けられない時代が訪れたのだ。


 商会はこれまで覇権の交代が予想されたとき、――もしくは商会が覇権を握らせようとしたとき、物流を介して次なる覇者に取り入り、もしくは覇者を育て上げ、次世代覇者の地域・組織の販路へ大きく入り込んだ。

 その中でもちろん必要な争いはたくさん起こしてきた。


 だが、私はそれが気に入らない。覇者の支配による和平と言う点に共感は出来るが、必要だからといって争いを煽るのは私の美学には反するのだ。

 だから、私自身が前線に積極的に赴いて事象に介入し、出来る限り緩徐に、さらに角が立たない様に行おうと私はしている。

 血を流すことで即決する争いとは大きく異なり、それは非常に時間がかかるのだ。下手をすればまだ何十年も要するかもしれない。


 だが、どれほどの時間がかかろうとも、私には移動魔法がある。

 人生の三割を占めているのは、移動時間であると言っても良いだろう。

 人が目的を果たす為に必ず予定の中に組み込まなければならず、遠ければ遠いほど、目的が重要であるほどに多く割かなければいけない。そして、それは必要だからという理由で無視されがちである。

 その目には見えない重すぎる足枷から私は解放されている。つまり、誰よりも成すべきことために与えられた時間が多いのだ。


 私は私の美学に基づいて移動魔法を使っているが、商会の他の商人たちもマジックアイテムで移動魔法を使いそれぞれの使命を全うしようとしている。

 そして、先のシグルズ指令により移動魔法は商会独占のものになった。

“力を許された者には、相応の責任がつきまとう”。商会の商人たちは、自らの使命に対してより強い義務感を持つようになったのである。


 しかし、この数ヶ月で状況は一変してしまった。


 商会の専売特許だった物流関連に大きな変化が訪れたのだ。


 商会は輸送を行う際には移動魔法を使っている。それはどれほど離れていても、使用者が行ったことのある地域であれば一瞬である素晴らしい魔法である。

“鳥も驚く一歩の旅路。カルモナにヒミンビョルグの雪をふんわりお届けします”というキャッチコピーを標榜しているだけあり、ポータルを開けば一歩で済むというのは最速であり、おそらく未来永劫抜かされることはない。

 私自身、私の目的の為に最大限利用しその恩恵に預かっている。

 利用者過多を理由に足下を見るような異様な高額設定をしていたが、その最速さ故に移動魔法は高額でも真っ先に選ばれるほどに重視されていた。

 私も商会の所属商人であり、価格については商会ルールに従いかなりの高額で請け負っていた。


 しかし、ユニオンの海上輸送効率の向上、共和国の車、汽車、さらには飛行船に始まり飛行機といった飛行技術まで登場した。

 これまでは移動魔法を使わず馬車や人力では何週間も何ヶ月もかけていた旅路は、数時間から数日と大幅に短縮された。

 一瞬だがコストがかかりすぎる移動魔法に頼るよりも遙かに安価で、それでいてある程度の速さを実現したのだ。


 人間世界の物流から何から商会が独占していた時代が恐るべき早さで薄暮を迎えた。商会による覇者への介入が困難な状況になってきたのだ。


 そして何より、私個人にとってに限らず商会全体にとっても最悪なのが、他へのシフト、つまり次世代覇者がまだいないことなのだ。

 加えて、育てるべき覇者の候補者が何人もいる状況だ。それは決して喜ばしいことではなく、選択肢を増やし混乱を招いているのだ。

 一人を育て贔屓すれば、やがて伸びてる他の候補者と必ず衝突する。潰してしまえばいいと言うかもしれないが、潰しても立ち上がる者でなければ候補者たり得ないのだ。


 その候補者、例えて挙げれば、各国の諜報部に見つかることなく地下で動き北部の結束を強めて独立をはたしやがては第二スヴェリア公民連邦国の総裁の地位に就く“寡黙なる大熊(シュトラクビョルン)”カルル・ベスパロワ。


 突如アルバトロスオセアノユニオンの大統領の地位に就き、“棚ぼたの首領(ドン)”や“まさに阿呆ドリ”などと揶揄されていたが、地位に就いたことで隠れていたその異常なまでの才覚を発揮した“強欲信天翁(アルバトロス・デセオ)”ルカス・ブエナフエンテ。


 血統ではないにも拘わらず道具無しで移動魔法が使え、さらにフェルタロスの血筋の末裔と深い絆で結ばれた素性の不安定な“湖沼の黒髪男(シュワルツ・ゾンプ)”イズミさん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ