強欲な取引 第十話
「北公に火薬か弾薬を売るとなると、自国軍での使用するための弾薬の生産が減りますよ?
連盟政府と講和の段階に入っていてもまだ戦争中であり、なおかつ協議も難航していることを考慮すれば、それはかなりハイリスクだと思いますが?」
「だぁーいじょうぶ。今の主力は魔法射出式銃だ。選挙のときに一緒に共和国いたじゃんか。それも知ってんだろ?
魔力雷管式銃も作ってて、こっそり大量に弾薬も作ってるけど、そっちは主力じゃないンだよ」
「魔法射出式銃は威力が弱いですよね? 痺れるくらいでは戦争には使えませんよ。
連盟政府は魔法使いの国、攻撃手段が魔法と分かればすぐに対魔術対策をされます。
万が一、連盟政府や他の国家と戦闘が起きたら……」
「ノープロブレム!」
ユリナさんは頬を突き放すように勢いよく立ち上がると大きな声で遮った。
「心配してくれるのかい? レアは優しいなぁ。だが、それには及ばないぜ。
連盟政府と全面戦争に突入すれば、魔法射出式銃の出力制御が大隊単位で変わるだけだ。
威力はピシッとくる冬場の天敵くらいから地面が消し飛ぶくらいの幅で、戦況と各大隊長の裁量になる。
魔石はユニオンの横流しビンビン。もしそうなれば状況が状況だから、増やしてくれるかもな。ハッハァ」
魔法射出式銃は、出力が弱いという人道的観点から共和国軍に正式採用された銃。それ故に軍にとどまらず市中警備隊にも配備されていたはず。
ユリナさんの話し方では、威力は元々弱いものではなく、まるで意図的に弱められているかのように聞こえる。
「……どういうことですか?」
「んん~、余計なことを知る必要も、心配もしなくて良いのぜェ」
焦りによるのか、それとも勘なのか、不安に駆られ真意を尋ねようとしたが、それは流されてしまった。
「それとも、何か? 商会は共和国と連盟政府を真っ向勝負させてぇのか?」
耳元で囁く声は低く、辞さない姿勢が声だけで伝わってくる。
現状で全面戦争になれば、四十年前までのような一進一退の戦いではなく、連盟政府は共和国に一方的に蹂躙されて終わる。
もちろん私にそんなつもりはない。最も避けなければいけない事態だ。
だが、何かを言ってしまえば、例えそれが反論だとしても、全面戦争が現実味を帯びる気がするのだ。
ただ黙ることしか出来なかった。何も言わないというのが、これほどまでに困難に感じたことはない。
頬や首筋には不愉快な熱気が伝わってくる。しかし、そちらへ視線を向けることすら出来ないのだ。見てしまえば、その熱を持ち圧力のあるものに屈してしまうと言うことだ。
しばらくの沈黙の後、ユリナさんは耳元で声にならないような嗤い声を上げた。
「ところでさぁ、誰に売るんだよぉ? どこの偉大な領主様だよ? だぁれだよ? なぁ~、教えてくれよぉ? 一緒に旅した元仲間だろ? いいじゃああん」
そして、再び強く頬を押し当ててきた。何かを話す度に頬越しに奥歯が当たり、触れ合う頬骨越しに喉の振動とくぐもった音が耳以外からも聞こえてくる。
「い、言う必要はありません。あなたはこの取引には関係の無い共和国の方ですから」
話しづらさに左手で押し返しながらそう言うと、再び腕で首をたぐり寄せてきた。
それを避けようと前腕部を掴むと、筋肉が倍に膨らみ太くなった。
筋に挟まれた袖と袖がこすれ合い、ぎりりと衣擦れが聞こえた。明らかに逃がすまいと言うのが伝わってくる。
「そんなことないなぁ。うちのモンタンのクソ坊ちゃん、つまり北公のムーバリ上佐がレアに直接お世話になってるよな? お互いに知らん顔でする話合いは楽しいよなぁ」
耳元に口を近づけてくると、
「モンちゃんは銃のバットでケツ殴り飛ばして穴をもう二、三個増やしてやりたいとこだが……、ありゃマゼルソンの精兵でなぁ。しかも、連盟政府にも北公にも顔が利くんだよなぁ。
その取引は北公の銃が中心に回ってんだろ? さっきも言ったが、ムーバリはカルル閣下の右腕。もう関係ねぇとは言えねぇよ。
実力に見合わない上昇志向だけの、どこぞのクソちっこい自治領の呆け領主なんかにゃもったいねぇよ。
そいつら地質調査しますって口先だけで、テキトーに調査してテキトーな見込み量だしてうちはたくさんありますなんていい加減なこと言うに決まってる」
と息を吹きかけてきた。囁くような声は耳の奥で反響し、話す度に耳に息が当たり不気味な感触が頬に走る。
「具体的な生産性が提示されなければ、渡さないです」
「ほうほう、で、肝心な硝石の取れ高はいかがに? 私らもそれは知っておきたいなぁ。国防上の理由から」
「残念ですが、有益な情報はありませんよ。あちこちの自治領が報告している段階なので、まだ明確な値は言えませんね」




