強欲な取引 第八話
「早く帰りてェのはよく分かるんだが、話は最後まで聞けよ、な? カーチャンに言われなかったか?」
「何故ですか? 共和国に北公製の弾薬に使用される火薬の作り方は存在しません。
合わない火薬で銃を撃てば、銃はおろか自分自身の身さえ危ぶめます。
それは銃を人間たちより長い間扱ってきたあなた方共和国の方が詳しいでしょう」
「そう。確かに共和国と北公は火薬が違う。共和国の火薬は北公の銃には火力が足りない。逆は大きすぎる。
だから、私ら共和国が売るのは北公の火薬に限りなく近い組成が望ましい。当たり前だよなぁ」
ユリナさんは下を向いて肩を揺らして笑い出したのだ。
なぜ北公と共和国の火薬の威力の違いについて把握しているような言い方をするのか。喉の奥が詰まるような嫌な予感がする。
「そうしたいんだったなら、適合する物を作りゃ良いんだよ」
「不可能です。私たちは銃も火薬のレシピも売るつもりはない。あなた方の手元には何もない。
もし仮に、あなたがここで私から力尽くで奪おうとしても、私が今持っているのは銃と空の薬莢がついた弾丸だけ。火薬のレシピは私の管理下にはありません。
火薬を作る為に銃を何丁壊す気ですか? たったの一丁では試行錯誤も出来ませんよ?」
ああ、と声を出して「確かにそうだな。試行錯誤か。考えてもいなかったぜ」と頷いた。
「試行錯誤がしたいのなら同じモン作ってしこたまやれば良い。
どんだけ北公が生み出したもんだと喚こうと、アスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式銃のオリジンはチャリントン・インダストリー製の銃だ。
それにやっと魔術から乳離れできた北公チャンと違ってこちとら科学技術の歴史が長いんでね。構造の把握なんざ簡単にできる。それも非破壊で。
つまり、やろうと思えばこの場で銃とスカ弾ぶんどって量産してからの試行錯誤も可能。
まぁ安心しろよ。一国の長官ともあろう者がぶんどるなんてみみっちいことはしないからな。こそこそやるのは小悪党にやらせればいい。
それに、たかだが火薬を売る為だけにいらねー銃を何丁も作って試行錯誤を繰り返すような元の取れねぇことはしない。そんな手間は必要ないんだよ。もうな」
私はユリナさんが付け加えるように言った『もうな』と言う言葉に寒気がした。
ユリナさんは白い歯をむき出しにして笑い、「私がいつ『北公の火薬は作れねぇ』と言ったか?」と嘲るように顎を上げて私を見下ろしてきた。
「実はなぁ、北公火薬の成分分析もう済んでるのよ」
嫌な予感は予感ではなかったのだ。しかし、どこで。いや、誰がというのは分かる。イズミさんだ。
何処にでも顔を出して、彼方此方で余計なことを! こういう意味ではシバサキより質が悪い!
だが、これまでの経験から、もはや彼がいるところが何処であろうと構わず、その周りにある事象すべてに意図しようとしまいと必ず足を突っ込んでいることは分かっていたはず。
場違いで方向違いの怒りとは分かっていても、噛みしめる奥歯がキリキリとこすれる。
「驚いて声も出ねぇか。私らの共通のお友達であるイズミが面白いモンをウチの女中に貸してくれたからな。これなーんだ」
ユリナさんはスーツの内ポケットに手を突っ込んだ。ユリナさんはここで武器を取り出すことはないと分かっていても私は思わず警戒してしまい、右手首を内側に向けてケーリュケイオンを取り出そうと構えてしまった。