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強欲な取引 第七話

「ユリナさん、貴方なら必ず答えられることをお伺い致します」


 ユリナさんは問いかけに何も言わずに私を見下ろしている。顔に余裕は先ほどのような見られない。

 クライナ・シーニャトチカの廃屋群に吹き抜ける風が今にも外れそうな窓枠を微かに揺らした。隙間を通り抜けて響いた小さな風鳴りが聞こえるほどに、ユリナさんは言葉を待つように静まりかえった。


「今、銃を撃つには何が必要だと仰いましたか?」

「本体とタマだろ?」


 視線を逸し爪や掌を弄りその先を見つめながら私の問いかけに短く答えた。そこへ被せるように私はさらに質問を続けた。


「そうですね。その弾薬には何が使われていますか?」

「何度も言わせんな。火薬だろ」

「では、もう一つお伺い致します。それは()()()作られた火薬ですか?」


 問いかけに再び口をつぐむと指先で指先を弄る動きを止め、視線だけをぎょろりとこちらに向けてきた。眼差しは冷たい。どうやら何を言わんとしているか理解したようだ。やがて視線は攻撃的に睨みつけるようになっていった。


「残念ですが、北公の無煙火薬は共和国のものとは成分が異なります。

 私が売るのは銃本体と空の薬莢の付いた弾丸です。ご存じの通り、火薬は銃以外にも使い道はありますので。

 つまり銃と火薬は別の物。火薬のレシピはついてきませんよ? レシピはレシピで別の商売なので。それとも、火薬だけでお売りいたしましょうか?」


 ソファの背もたれに手を乗せ、それに寄りかかるように体重を乗せている。視線を私から外すと首を動かし、左右を見た後に下を向いた。

 そして、鼻から息を吸い込んで立ち上がり、「いやー、セコいね。記憶媒体は別売りですみたいな感じか。お試し用の乾電池が当たり前の時代によぉ」と言った。

 その反応の中には諦めの色も見えている。


「何を言ってるか分かりかねますが、残念でしたね」


 これで逃げ切れる。終了の合図のようにわざとらしく音を立てて鞄の蓋を閉めた。ここは引いて私たち商会の有利な条件を整えれば良い。


「そりゃあ、仕方ねぇな。参ったなぁ。狡い連中だとは知ってたが、取引がにわかに敵対的意思を帯びるとなるとこうまで厄介とはねぇ。ホント、残念だよ。残念」


 ユリナさんは両手で髪の毛を掻き上げた。首を鳴らすと「面倒くせぇな」とぼやいた。もはや交渉の余地はないのだろう。

 だが、銃の技術についてはユリナさん、ひいては共和国にとっては重大なものだ。交渉は今後も繰り返されるのは間違いない。

 しかし、仮に今後何度話合いの機会が持たれようとも、ここで一度引くことが出来れば商会に有利な形にしていくのは造作も無いことだ。

 次の言葉を待つのも嫌なほどだ。もう終わりならば早く、挨拶さえもスキップして今すぐにでもこの場を後にしてしまいたい。

 蓋を閉めた鞄を背負おうと横に向け、私もそこに身体を沿わせるようにした。

 それは帰るぞという見せかけの意思表示ではなく、もはや本当に私はこの場を去りたいのだ。

 戦略撤退などと言い換える無様な真似はせず、文字通り逃げ出すのである。

 欲する者は去る商人を追いかける。限られた時間というのは商人の背中を押す。逃げる私たちを振り向かせられるのは、私たちが売りたいと思った者のみ。


 後頭部を押さえているユリナさんを尻目に、逃げ出す準備をするように鞄のショルダーストラップに右腕をかけた。


 しかし、


「残念だけど、これでお話は終わりではないンだよ」


 と聞こえたような気がしてそのまま止まってしまった。


 これ以上に何があるというのか、ユリナさんは終わらせるつもりはないようなのだ。

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