強欲な取引 第五話
「そうだな。返してはくれないってんなら、じゃあ、ここは一つ、商人らしくいこうじゃぁないか。
譲る気はなかったんだが、商会が簡単に首を縦に振ってくれるとも思ってなかったし、もともとお話ってのもこういう想定だったしな。仕方ねぇ。
お話ってのは、アスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃をたったの一丁だけ売って欲しいんだわ。
もちろん、誰からでもいいってわけじゃないぜ。取引には信用とそれに見合う実績が必要だからな。
そこで白羽の矢が立ったのは、金融省長官選挙前後に取引のあった知人であり、なおかつ人間側で唯一信頼できる商人であるレアだ。そして、そのご指名商人のレアがタイミング良く一丁持ってるじゃねーか、ってな。
さしずめ、北公の連中は錬金術師ばかり。戦闘は専ら魔法使いが少なくて銃頼み。さらに銃さえあれば誰でも魔法使いと互角に戦えるとくれば。
イズミからも聞いたぜ? 機関銃みたいなのもあるらしいな。そのせいで馬鹿みたいに火薬を使うから、今後硝石が足りなくなるんだろ?
で、そこへあんたが首突っ込んで、どこからかこっそりたっぷり硝石調達してやるからその代わりにハジキくれつったんだろ?
でもなぁ、だぁからって、硝石の入手先に連盟政府を選ぶってのはなぁ……。硝石がありゃいいとはいえ、そのセンスがなぁ……。硝石採れるとこなんざ、他にも、ねぇ……」
やはりユリナさんは侮れない。もはや何もかも知り尽くしているのではないだろうか。
向かいのソファにただ座っているだけのはずなのに、まるで巨大な壁に立ち向かっているようだ。
今この取引は完全にユリナさんの手の内にある。もはや取引では無いかもしれない。
しかし、ここで引き下がってはいけない。この場では、決して折れることなく平行線を時間いっぱいまで維持して、自分が有利に立てる状況を作り上げるまで結論を先延ばしにする方法を絶えず模索しなければいけないのだ。
「私が持っているものを売ったからと言って北公から銃が無くなるわけではありませんよ」
だが、焦りは確実に私を蝕んでいた。色々なことを知りすぎているが故にそこに見え隠れしているある事柄を、尋ねられたわけでもないのに突拍子もなく言ってしまったのだ。
「北公のはもうどうしようもねぇな。しかし、考えてもみろ」
ユリナさんは話の流れからずれた私の発言にも眉色一つ変えずにすぐ答えてきた。それが何であるか具体的に言わなくても、お互いに分かっているのが当たり前ような反応だ。
ソファから立ち上がり、その裏へと回り込むように歩き出した。そして、ソファの縁を左手の人差し指でなぞり始めた。
「知ってるとおり、北公は連盟政府と仲が悪い。一方の私たち共和国とは今のところ敵ではなく、未だに敵の敵。
敵の敵は味方、だなんてのはナイフ持ったヤツに背中を向ける脳みそキラキラステキ馬鹿と同じの発想だ。国際に背中合わせはない。
だから、はっきりしないウチはこっちから具体的に手は出さない。
北公は平等主義国家、……ああ、国家でもないのか? 共同体か?
まぁいい。スヴェンニーの件で民族の多様性を認めている。
ハーフエルフでハーフスヴェンニー、そんな連盟政府からすれば人権なんざ無い畜生以下のはずのモンタン、ムーバリがあっさり上佐になれることから分かるとおり、スヴェンニーに限らず純粋なエルフにもだいぶ寛容らしいな。
戦争残留エルフ二世、三世を一括りにエルフとは扱わず、“そういう集団”という風に捉えていて北公への帰化も盛んでね。お陰様で背乗りもカンタンだ。
住民も言わなければエルフだとはそうそう気がつかない。言ったところで耳の形が違う程度で、本当にそうなのか判別を付けることも簡単じゃない。先祖の猿を調べる方法はまだこの世界にはないからな。
情報を集めて、いずれ直接お話して敵の敵なのか、味方なのか、それ以外かなんてのをはっきりさせるときがくるだろうに。
北公どもの銃をどうするかなんてのは関係性がはっきりしてからでいい。
もう分かってんだろ? 欲しい理由が違うんだよ。
共和国は魔法を持たないエルフによる技術立国。だから、北公の銃どれでもいいからどれか一つが欲しいんじゃーない。
私が売って貰いたいのは、あんたがまさに連盟政府のどこぞのスカポンタンに売ろうとしているその一丁のハジキだよ」




