強欲な取引 第三話
“時間が無い”とこちら側が先に宣言することで相手に心理的に焦りへと導き、取引の場での戦略を省略させ目的をストレートに引き出させ、さらに駆け引きの余地を与えないようにする。
もし、それにより私たちに有利な条件を引き出せれば、そのまま続ければいい。それでも頑なであるならば、一度引き次の商機を待つか、それとも二度と来ない次を期待させてこの場を去ればいいのだ。
商売は欲しい人によって価値の変わる物を扱う難しい仕事。だが、どうしても欲しい人は一定数必ず存在するのでそちらを尊重すればいいだけのこと。
ユリナさんが何を望んでいるか、それはわからない。だが、このような場を設けたということはどうしても欲しい何かがあるのは間違いないのだ。
非常に姑息で眼前のことしか考えていない策ではあるが、傲慢で張り詰めたその気持ちが落ち着くまで、ここは引いてタイムアウトを計るべきなのだ。
今最も必要とされているのは、そのタイムアウトなのである!
しかし、ユリナさんは全く動じなかった。ソファの背もたれに両手を乗せて足を組み、当たり前のことのような顔で笑ったのだ。
「かてぇこと言うなよ。私は一国の長官、あんたは敏腕商人。お互い人気者で時間が無いのは、お互いにお互いの立場を考えればそんなのは始まる前にツーカーで了承済みだろ。
それに、重要な決定事項のほとんどは会議では決まらない。全ては酒の席と喫煙所で決まるんだよ。クヴァシルは偉大だぜ。
私の話はとぉーっても重要なことなんだから、気楽にいこうぜ。テイク・イット・イージー。何なら酒と灰皿でも頼むか?」
やはり敵わないのだろうか。もしこの場に私の仲間がいて彼女を取り囲んで迫っていたとしても、敵わない――かもしれない。
だが、諦めてはいけない。押されつつある自らを奮わせ、私は黙ってユリナさんを見つめ続けた。
「つれねぇ商人様だぜ。じゃ早速本題だ。北公がだいぶ面白いモン持ってるらしいな」
意外にも沈黙は効果的だったようだ。呆れたような顔をしたが、本題をいきなり投げてきたのだ。だが、それは私が最も恐れていた本題であることに間違いが無かった。
驚きと動揺が顔に出てしまったようだ。それを見逃さなかったユリナさんは「おっ」と口を丸くして眉を上げた。口角を上げると組んでいた足をほどき前屈みになった。
「目の色変わったな。うちのメイドさんからお話を色々伺ってるぜ」
「何のことでしょうか? ジューリアさんが何か見つけたのですか?」
「とぼけんなよ。うちにメイドが何人いると思ってんだよ。私はジューリアだなんて一言も言ってねぇぜ?」
しまった。
目には見えない、感じない無意識の焦りで思わず口を滑らせてしまった。だが、ここまで来てしまってはもう嘘もとぼけも逆効果。目をつぶり、鼻から息を吸い込んで覚悟を決めた。
聞こえてくる音は不気味なまでに静かで、まるでユリナさんは私が本当のことを言うのを待っているかのように物音一つ立てていない。
「……どうやらとぼけるのは無理なようですね。アスプルンド零年式二十二口径小銃の話ですか」




