強欲な取引 第一話
酒場廃屋の奥にある元々従業員の部屋だったらしい場所に置かれたつぎはぎの茶色いソファに腰掛けていると、ドアの外からやたらと大きな足音が聞こえてきた。
クライナ・シーニャトチカの廃屋群に唯一残る風化の音をかき消し、やがて流されて崩れていくもののゆるやかな情緒を容赦なくなぎ倒していく巨人でも来ているのかと思った。
何やら落ち着きの無い足音にまさかと思っていると、それはスタッフルームのドアの前でピタリと止まった。
「ンチャーッス! 最近流行の聖女さまで、古今無双で奇妙奇天烈摩訶不思議、クソザコ倒して三億年、エルフと人類が猿から進化してる間に気がつかなくても万能で美人、ロハスでヒュッゲなスローライフなんざジンマシン出るほど性に合わない事実上最強ユリナッでェェェッス! ちゃんレア、元気してたァァァ!?」
思った通りユリナさんが、だが、妙なテンションを浮かべた満面の笑みで部屋に入ってきたのだ。
足音で誰がやってきていたかは分かっていたが、彼女がノックもせずドアを思い切り蹴り開けると同時にあまりにも大きな声を上げたので驚いてそちらへ振り向いてしまった。
パンツルックのグレースーツに小さめのハンドバッグ姿のユリナさんは右手を前に突き出し大股でずんずんと攻め込むかのようにこちらへ向かってきた。
その勢いはドアを開けたときに劣らず凄まじく、まるで濁流のようであっけにとられてしまい、口を開けてぼんやり彼女を見つめてしまった。
「一体どこに聖女さまがいるんですか? エルフは猿から進化したかもしれませんが、人間は違います。
ゲンズブール先史遺構調査財団の……、いえ、現役のルーア共和国軍部省長官が護衛も付けずに、ましてや交渉中とはいえ敵地である連盟政府の自治領で話し合いとは、物騒なことこの上ありませんね。
あなたが強かった時代は過去。時は流れ物事は常に変わるのですよ?」
ユリナさんは上機嫌に「あ、いやいや、これはご丁寧に説明どうも」とふんふん鼻を鳴らしながら、ローテーブルを挟んだ向かいのボロボロのソファに腰掛けた。
ユリナさんがお尻を落とすようにどっかり座ったので、ソファから埃が飛び出し、継ぎ目から綿がはじき出された。
ユリナさんは煙のように舞い上がった埃を、こりゃすげぇな、と言いながら払うと、あちこちから飛び出した綿を人差し指と親指でつまみ上げ、見つめながらすりつぶすように指を動かした。
「なぁに言ってんだよ。数年前まで一緒にうっぽうっぽ馬車乗って仲良く楽しくかしましく、まさにその時代遅れの大冒険してたじゃねぇかよ。
だいたい、トップ、ノットイコール、最強だぜ。だが、それでも私は共和国において最強だがな。
トップにして最強にしてトップガン。組織を潰す優秀なナンバーツーは私の遙か後方の彼方。我に追いつく二番手無し。
だが、仰るとおりに時代は変わった。強さは必要だが、今やそれも過去のもの。メディアの台頭。今や英雄ペンにあり。……ペンも治めた強者こそがな」
摘まむ親指と人差し指で作った輪越しに私を見ながらそう言い切ると、綿をデコピンでソファの裏に投げ捨てた。