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白狼と猟犬 最終話

「その様子では冗談では、なさそうだな。杖で私の弾を受け止めたのはまぐれではないのか。それは会ってみたいところだが……。だが、捕まるものか。私は手負いでも逃げるぞ」


「そいつぁ困ったね。だが、こっちも不用意に敵を作るワケにはいかないね」


 ポルッカは足を踏ん張り、壁に背を押しつけてゆっくりと立ち上がった。「私はエルフが嫌いだ」と言いながら、両足を肩幅よりも広く開いて揺れるからだのバランスを取った。

 だらりと垂れ下がった左腕から血が滴り、暗がりでは見にくい黒い点を地面に付けている。


「そういえば、人間はエルフを下に見てたな。平等主義を謳いながら似た者を差別するのかい。ステキなお国柄だな。いや、エルフは獣畜生魔物と一緒か」


 攻撃の気配はないが、私もそれに合わせて立ち上がった。


「おや、なんだい? この期に及んで私を殺して逃げるかい?」


「嫌いだ。反吐が出るほどにな」


 まだ歩くのは辛いようで、右手を壁に付けて歩もうとしたが、すぐに立ち止まり力なくそのまま寄りかかった。


「だが、無知で嫌う私はもう負けた。

 私はエルフを何も知らなかった。果てに住む蛮族などではなく、その胸には高き誇りと強い勇気、それでいてそれに酔い溺れぬ冷静さを一兵士さえも持つことを知ってしまった今、もうエルフをただの先入観だけで蔑むことはできない。

 閣下には“共和国には良き戦士がいる”とだけ伝える。私を撃ったことが我々第二スヴェリア公民連邦国とルーア共和国の敵対する理由にはならない。

 どこで拾ったか知らないが貴様が撃った弾は北公製だ」


 ポルッカは背中の銃を見た。私はスリングを回して差し出すように両手に乗せた。そして、小首をかしげて両肩を上げて、挑発的にポルッカに見せつけた。


「そうだな。欲しいか? これは私の持ち物じゃないから渡さんがな」


「どうもしない。くれてやる。そのまま持っていろ」


「こりゃ意外。壊れた代わりに寄越せとか言うのかと思った」


「ハッ、私の百パーセントを引き出してくれる相棒はそいつだけだ」


 そばで砕け散った銃にちらりと目をやると、少し悲しそうな顔をした。

 銃身の金属は割れて散らばり、破片は熱を失っていた。黒檀のバットは熱で焦げて、ニスが塗られたようなてかりを失いさらに黒くなっている。焦げた臭いさえも収まり、もうそこに銃としての魂はない。


「貴様が連盟政府の人間なら、私は命に代えても銃を取り返して貴様を殺さねばならないが、銃が根付いている共和国のエルフで運がよかったな。

 そうだな……。さしあたり銃が暴発したことにでもしておこう」


「見上げた戦士だな、北公のうら若きスナイパー。あんたに後方勤務は似合わんよ。だが、なんだ、少なくとももう二度と前線には来て欲しくないね」


「光栄だ。共和国の“殺さぬ猟犬(コイラ・キールニン)”。初めて会う純粋なエルフがあなたで良かった」


「今の言い方は民族差別主義者っぽいからやめときな。さて、そろそろ共和国の兵士たちが来るみたいだな。どれ、ここいらに敵はいないとでも言っとくかな」


 ポルッカは壁に背中で寄りかかると、右手でライターを投げ返してきた。


「かたじけない」


 コントロール悪く飛んできたライターを腕を伸ばして受け取るとポケットにしまい、そして後退るようにして壁の陰に回り込み、私はタバコの匂いのする廃屋を後にした。


 建物のすぐ下にまで共和国軍兵士が来ていた。手を上げながら建物から出て行き、彼らには敵はいないと伝えて、共に共和国軍基地へと戻るために装甲車へと乗り込んだ。



 殺して、せめて再起不能にしておくべきだったかもしれない。


 新月の暗闇の道を照らし進む装甲車の壁により掛かり私はそんなことをいまさらに考え始めた。


 ポルッカ・ラーヌヤルヴィは何かしらの形で必ず戻ってくる。昔の私に似ているから、私にはよく分かる。


 新月の夜の廃屋を抜けて、共和国の基地へと戻った。


 狙撃手同士での撃ち合いは終わり、潜む者さえいなくなった無人エリアは熱を帯びていた沈黙から醒めて、再び静まりかえっていった。

 しかし、装甲車の中でまだ私は興奮状態だったらしい。ポルッカになぜセシリアを撃ったのかを尋ねることなどすっかり忘れていたのだ。


 理由を聞いていたからどうかなった、とは言いきれないが、それにより後々面倒なことになるとは思っていなかった。

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