白狼と猟犬 第七十三話
「実力は充分。当たりさえすれば全て成功。だが、結局すべて外れた。ヤケクソになったあんたはガンマンになっちまったのさ。
独断専行なんかしないで、観測手とかお友達がいれば個人的な感情にまみれた判断をせずにすんで、あわよくば成功してたかもな。
私らスナイパーが撃つのは敵ではなく、的だ。実戦と訓練を間違えていないかって、そういうことでもない。
スナイパーは個人的な感情を優先させてはいけないんだよ。敵を恨みに恨んで、親の仇、世界の仇、ぐらいに憎ませて作り上げた憎悪の波で士気を上げて突撃する一般兵とは同じ殺しでもやり方が違う。
つまり、的を敵だと感情を持ち込んじゃいけないってことさ」
「ガンマン……?」とポルッカは聞き慣れない言葉に眉をしかめ、辛そうに小首をかしげた。
「ああ、そうかい。それもわからんだろうね。北公からは遠い南の国の話だ。
ルーア共和国ってのはさすがにもう知ってるだろ? そのエルフの国の東側は砂漠ってほどじゃないが乾燥していてね。
テンガロ被って牛追いしてる奴らがいるんだ。そいつら何が良いのかわからんけどリボルバーが好きで、ガンマンて呼ばれてたんだよ。
気の良い奴らだが、やたらと決闘が好きでね。“逃げるのか? チキン野郎”って、逃げも隠れもせずにお互いに向かい合って撃ち合うんだ。私が知ってるのは映画……お芝居の中にいる如何にも男前でステロタイプの牛追いどもだがな」
「私たちとは違う銃の使い方だな。それよりも、ルーア共和国の話、それに銃が古いものというのか、貴様は、まさか……いや」
ポルッカは黙り込むと、左手の傷口を強く握った。それからは何も言わなくなったので、私はらしくもなく説教を垂れ続けた。
「私は奥方やセシリアの命を狙う者を撃てという信念に従ったが、あんたはそのプライドと腕のせいで狙うべき相手を間違えたんだ。あんたが撃つべきは私じゃなかった」
「では誰を撃つのが正解だったんだ?」
「アホかい。撃たれる側にそんなこと聞く奴がいるか。それでも答えろってんなら、誰も撃たないでくれってのが答えだ。だが、もし撃つなら相手が誰であれ一撃必中が基本だ」
「おかしいぞ。お前の最初の一発は外れたではないか。まさか外したのはわざとというのか?」
ポルッカは自分がなめられているとでも思ったのか、視線を鋭くして睨みつけてきた。だが、力むと血が出て痛みが走ったのか、歯を食いしばり顔をしかめた。
「そういうわけではないな。何度も言うがお前さんの実力はなめられるモンじゃない。それに私もスナイパーの端くれだ。
たった一発にかけるプライドがあるから、もちろん確実に当てるつもりではいたさ。だが、まぁ、そのときまでこの銃の癖を理解してなかったから外れた」
先ほど撃ったときにでた薬莢をポケットから取り出し、親指と人差し指ではさみ目の高さまで上げた。
「あんたらの国の銃はやたら炸薬が多い。反動でぶれちまわないのかい?
まぁそれはいいさ。鏡を撃たれた後もあんたから伸びる糸が私の腕や額に繋がったままなのを感じた」
「糸? そんなモノ出してないぞ? 蜘蛛でもあるまいし」
「私の撃つときのおまじないだな。まぁそれはいい。狙いを定めていたはずの私の外れ弾が飛んで行ったと同時にすぐに隠れたのさ。そして、その後の私の判断が少し遅ければあんたの勝ちだったかもしれない。
一発撃ったら即移動。スナイパーの常識だ。だが、あんたは私を撃っても、それに私に撃ち返されてもなお見えない糸を外さないで私に絡みつけていた。それで次は必ずすぐ来るのはわかった」
「では、なぜ来るとわかっていて撃ち返したんだ? お前もすでに撃っていたではないか」
「移動もしていないこともわかったのさ。それをたぐり寄せてあんたを撃ったのさ。だが、それだけじゃない」