白狼と猟犬 第七十話
鏡に不自然な人影が映ったまさにその瞬間、鏡が破裂するように割れてガラスが飛び散り、粉々に砕けたガラス片が刺さり掌や指先から出血した。
鏡を持っていた左手の甲には線状に皮膚を剥がされるような感覚の後に痛みと、そして遅れて熱感が広がった。どうやら手の甲に弾丸がかすり、通り抜けた衝撃で鏡が割れたようだ。
だが、ポルッカの居場所を知ることが出来た。
十時の方向、距離にして四百ヤード、三階建ての廃屋の崩れた壁の三段目のくぼみ。ヤツはそこから撃っている。
そして、私でも充分狙える距離にいる。やはり魔法による視野補正はしていなかった。強力なレンズ越しに強烈な西日を見る馬鹿はいないからだ。西に移動したのはこれが目的だ。
左手は血も出て痛みも鋭いが、使い物にならなくなったわけでは無さそうだ。
痛みによる照準ブレはスリングで補正、右足はつま先をつき、それにより体重を支えた。左膝は立ててその上に左肘をのせ、左肘下にかけたスリングで銃床を安定させた。膝射で引き金を握ると鞭を打つような音が響き渡った。
的に当てることが出来たのかは見届けず、ボルトを引き排莢して弾を込めながら煙突の陰に隠れた。
クソ。どうやら外したようだ。糸が身体に絡まっている感覚がまだ残っているからだ。
だがなぜ外した。いや――。
「君が持っている銃はチャリントンの銃でもないし、いつもの魔法射出式銃じゃない」
悩むまもなく、ウィンストンの言葉が脳裏を過った。
そうだ。この銃、アスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃は共和国製ではない。それと決定的に違うのは実包に込められた炸薬の量だ。やたらと多く、かなりの反動がある。
そして、まだ向けられた糸はなくなっていない。
ということから分かるのは、撃ったにもかかわらず、おまけに外したのにもかかわらず、あいつはまだ私を狙い続けている。それも全く移動せずに、寸分違わぬ同じ場所で。
その瞬間、自らが相手にかけようとしていた糸は感覚のような曖昧なものではなく、はっきりと見えた様な気がした。
ポルッカとのこれまで撃ち合いの中で、私は四発目にして初めて“糸”をこちらから結びつけ、そしてはっきりと感じることが出来たのだ。
ポルッカはすぐさま確実な第二射を放つ気でいる。だが、私なら当てられる。当たる。それだけではない。私の方が確実に速い。
そして、引き金を握るその刹那、銃身を僅か左下にずらした――。




