白狼と猟犬 第六十二話
「余計な勢力のなるはやのご退場願うために、命令に従うウチの優秀な兵士の手を使いたい。んだが、生憎、私から直接指示を出せねぇんだよな。
相手が北公でもあるとなると、立場を偽ってるとは言え共和国軍部省長官である私が指示を出せば後々険悪になる。
ムーバリも今のところ、モンタンとしての出入りを認めているが、私の指示でムーバリの部下を撃ったとなるとそれもややこしくなる。あいつはうまく立ち回りそうなもんだが、こっちの対応が面倒くさい」
「では、引き続きエルメンガルト殿の護衛にあたります」
「そうだな。よろしく。あのばーちゃん、活発で危なっかしいからな。最近私んとこにちょくちょく顔出すようになったし」
奥方は書類に視線を落とし、回していたペンを止めて書き込み始めた。
奥方がそう言うのであるのならば仕方がない。攻めることしか考えられておらず守りに徹するには不安のあるヘルメットと防弾チョッキでも被って任務に当たるしかない。撃たれたら撃ち返すで対処していこう。失礼致しました、と部屋を去ろうとした。
だが、ドアノブに手をかけたとき、奥方が「あ」と言って私を呼び止めた。
「そういえば、ジューリア、お前休暇とってないだろ」
振り返ると奥方はおとがいにペンをこつこつとつきたてながら天井を見つめていた。
「坊ちゃまもだいぶ大きくなられましたし、お屋敷の仕事も部下たちが非常に優秀なのでそこまで大変ではありません。
有事や緊急事態でもなければ、休みたいときに休むことも可能ですし、もはや生活の一部でもあるので必要は無いかと」
「仕事熱心なのはありがたいが、話はそう簡単にすすまねぇもんだ。
私が軍部省長官に就いたとき、手続きが煩雑になるからってウチのメイドも一応軍の事務方所属ってことになったのは知ってるよな。
それで、書類を介した休みを取らせないと法律省の労監局に色々言われるんだよ。あのクソジジイ、うちのことになるとやたらと睨みきかせてくるからな。ま、いまさらだがな。
上司命令だ、取れ。そういうのは遅くとも二週間前とかに申請した方がいいんだが、公的な書類は私で何とかする。
期間は三日間。休み明けに判子とサインしてくれ。その間は何をしようと自由だ。三連休取って、その共和国では未登録の銃で白髪のオオカミでも撃ってこい。毛皮はいらねぇぞ」
皆まで言う必要はない。やはり銃のメンテナンスを真っ先に行って正解だった。
「畏まりました。では、今からしばし暇をいただきます」
一礼して部屋を出ようとすると「ジューリア」と呼び止められた。そして、奥方は私の方には振り向かずに「死ぬなよ」と付け加えた。