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勇者の働き方崩壊編 第八話

 新しいシステムが開始から一週間が経過し、いよいよチーム全員で依頼をこなす日が来た。


 俺は昨日伝えてくれた時間に間に合うように集合場所へ向かっていた。だが、近づくにつれ、誰かの怒鳴り声が聞こえ始めた。いつもは集合場所が見えるあたりにくると、一番最初に来ているカトウが俺を見つけると大きく手を振ってくる。だがその時は元気な姿はなかった。その代り、来るのだけはやたらと早いシバサキとワタベ、来る時間が普段は読めないククーシュカの三人がすでにいたのだ。

 路地から見える様子では、シバサキが一方的にククーシュカに何かを言っているようだった。そして、怒鳴り声を上げていたのはシバサキのようだ。町はまだ早朝でその静けさも相まって怒鳴り声は建物の壁をエコーして広がっている。


「お前が来なかったせいで依頼を受けられなかった!」


 あまりにも近寄りがたい雰囲気で路地から遠巻きにその姿を覗き様子を見ることにした。だいぶ大きな声だが、ククーシュカは全く反応していない。何を言われようとも微動だにしない。


「てめーのせいでまたチームが崩壊したらどうすんだよ! この裏切り者が! 恩人の関係者じゃなかったらとっくにうっぱらってたのによぉ! ま、恩人殺したのもお前自身だもんな!」


 その瞬間、ククーシュカはシバサキの目の前にゆっくりにじり寄ったかと思うと、左手で胸ぐらをつかみ持ち上げ始めた。無表情で瞳孔が開いていたその表情は、いつか魔物を惨殺した時のそれだった。シバサキは首が閉まっているのか、掴んでいる腕を引きはがそうとして暴れている。しかし、強すぎる彼女の力の前には無力なようだ。


 すぐにでも止めたほうがいい、のかもしれないが、走り出して間に割り込む気が起きなかった。しかし、このままだとシバサキを殺してしまうかもしれないと思った。彼女の右手には玉虫色の短剣がいつの間にか握られていたからだ。


 俺がその近寄りがたい空気の中に、首をひょこひょこ前に出して手刀を切りながら入っていった。すると彼女は俺の到着に気づき、シバサキを思い切り地面に叩きつけるように投げ捨てた。そして、短剣をどこかにすっとしまうと、俺に近づいてきて小さく挨拶をした。地面に落ちたシバサキは後ずさりしてワタベの足元まで逃げた。しかし、すぐさま立ち上がり、クソが、と怒鳴りながら足元の角材を蹴り飛ばしていた。凶器を持ち出してしまうほど彼女を怒らせたのはシバサキの一言だろうか。恩人を殺した、とはいったい何なのだろうか。誰でも聞かれたくないことはあるだろうから、俺は何も聞かなかったことにした。



 それから残りのメンバーがだらだらと集まり始めた。誰もが予想できただろうが、もちろんのごとくカトウは遅刻をした。住所を知っているがシバサキには教えないという約束だったので、彼を迎えには行かずに来るのをベランダの雀を数えながらひたすら待った。

 そして、集合時間から十五分ほど経過して現れたカトウに焦りは全く見られず、のんのんぽちぽちと歩いて現れた。十五分遅刻と言うのはこれまでで一番短い遅刻時間だ。だからといっていいわけではない。


 そしていつもと変わらないお説教の時間がやってきた。俺とカトウは並ばされ、角材の上に座り腕を組むシバサキの話を聞かされはじめた。しかし、カトウはどうやら完全にシバサキをなめきってしまったらしい。怒られている最中にポケットから鏡をだし、前髪をいじり始めたのだ。そして鏡を見ながら、ハイ、ハイ、ハイハイハイ、とテンポよく返事をしていた。その光景は滑稽で思わず、ンフッ、と鼻から空気が漏れてしまったことは黙っておこう。


 おそらく俺たち二人の態度があまりにもひどかったのか、その日の説教は二時間ほど続いた。

 お昼過ぎになって受けた討伐依頼もだらしない結果になった。その日は倒した数に応じた報酬がもらえる依頼で、多くの敵を狩ろうと気合を入れ鼻息の荒いシバサキをみな冷え切った眼差しで見つめていた。どうせお前は何もしないのだろう、と。


 現場に着くなり始まった意味不明な作戦会議はものの三十秒程度で終わり、依頼が始まった。いざ始まると、どう動くべきかわからずそれぞれが好き勝手に狩りをはじめた。指示通り動かない(指示も擬音ばかりで非常にわかり辛かった)カトウは弓を射るとき、どこを狙ったらいいのかわからずとりあえずの援護射撃でシバサキの周辺を狙っていた。狙いがかなり正確になり、おそらく当たらないのはわかるが、それはさすがに危ないのでやめさせた。


 そして、毎度のこと、シバサキが大騒ぎしたおかげで魔物の群れが大移動を開始してしまった。しかし、怒り狂った何十匹もの敵の大群が大地を震わせ押し寄せてくるも、ククーシュカはさきほどの玉虫色の短剣を磨いていて全く興味を示さず、俺とオージーで蹴散らすはめになった。依頼である狩りをした証(敵の体の一部など)が必要なのだが、敵の数があまりにも多く、他所への被害拡大を防ぐため魔力の出力を上げざるを得なかったので、大群をほとんど灰燼に帰してしまった。そして、最終的に狩ることのできた魔物は、体調不良でイライラしていたアンネリが移動時に吹き飛ばした巨岩に巻き込まれた、たったの三匹だけとなった。



 依頼の片づけやその他のことをすべて済ませて職業会館に戻ったころには空はすっかり茜色を通り越した色をしていた。報酬の受け取りはご機嫌斜めのシバサキが無言で行っていた。それが済むと、ゆらゆらと俺に近づき、これまでの個人の依頼で稼いできた報酬をよこせと胸ぐらを掴みすごんできた。しかし、残念なことに俺はびた一文と持っていなかった。

 金銭の管理は信頼のおける女性人二人に任せてある。ええ、お渡ししますよ、とレアが言うとカミュがこの間よりもうすっぺたい封筒をシバサキに渡した。おかしいなぁ。確かレアのテッセラクトに入れていたはずなんだけど。依頼はあくまで個人で受けるシステムだからいいのだろう。何も知らないふりをして視線を逸らした。


 シバサキはカミュから強引に封筒をぶんどり中身を確認すると、数枚ほどの硬貨がちゃりちゃりと音をたて彼の掌でくるくると回り倒れた。それ見て、しけてんなぁと言って舌打ちをして懐にしまった。

読んでいただきありがとうございました。

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